(承前)
忽然と消えた警備員さんの正体を勘繰るのはやめにして、再びひがし茶屋街をうろうろする。
店構えに趣がありますね。コールドパーマってなんだろう。
なんかいろいろ気になる看板が。
「黄金の金箔マスク」のスケキヨ感ときたら(ってコレ、お分かりいただけるのだろうか)。「花粉症対策に! レモングラス甜茶 270円」というのに、今日も今日とて咳がとまらないわたしは非常にそそられたのであるが、「美チャージバー」の文字にひるむ。ほかの商品も女子力UP 系ではないか。「美のテーマショップ」だし。わたしごときが入店しようものなら、ただちに呼子笛が鳴り響き、「曲者じゃ!であえであえ!」の声も勇ましく長刀を構えた大和撫子が馳せ参じ……と、ここまで書いて、われながらイマジネーションのどえらく貧しいのにガックリ気落ち。自らへの戒めのために残しておきます……
浅野川。
右手が主計町茶屋街。橋を渡って、このあたりをぶらぶら。
主計町緑水園という、泉鏡花の碑がある小さい公園に入る。お、階段がありますね。
路地があれば歩いてみる、橋があれば渡ってみる、穴があれば入ってみるわたしである。当然階段があれば登ってみるのだ。
登りきった先は
行き止まりである。なんだなんだ。展望台にしては高さが足りず、浅野川すらよく見えない。これも純粋階段の一種にカウントしていいような気がするのだが、たぶんちがう。
この辺は泉鏡花のホームグラウンド。というわけで、生家跡に建つ泉鏡花記念館に寄っていこう。
はす向かいに 佃煮屋さんがあって、「極上 鮴佃煮」の貼り紙がある。吉田健一の『金沢』に何度か登場するごり(鮴)のから揚げを食べてみたいが、どこに行けば食べられるやらわからんので、佃煮買おう。そうしよう。
門を入ったところ。
左手には鏡花父子像。
……世にも不景気な顔をしている。それも、父子の顔が同じで(まあ親子だからな)、鏡花とその子なのか、子供時代の鏡花とその父なのか判断に迷うのはおいておくとして、ともに不景気な顔なのがやるせない。
不景気な父子を通り過ぎ、館内へ。こぢんまりした館内にはミニシアターもあり、展示物は愛用の品等が盛りだくさん。しかし年譜にはデビュー作のことは当然書いてあるのに、その時の筆名にはこれっぽっちも触れられていない。まあね。だって「畠 芋之助」(はたけ いものすけ)ですからね。妖しく美しい小説を書いた、その名も麗しき「泉鏡花」のはじめての筆名が「畠芋之助」じゃあ……これは到底読書欲をそそらないよね……ってなことを以前書いた記憶が。(よろしければ過去記事をどうぞ→「それはでもちょっとあんまりな」 )
企画展示室は「龍の国(ドラコニア)から吹く風――澁澤龍彦展」。つい先日亡くなった金子國義の油彩も展示されていた。そして1792年のサドの書簡!持ってたんだなー。あと書簡といえば、サド裁判で有罪判決が出たら、前科者が友人になってうれしいとかなんとか書いてある、三島由紀夫のお茶目な手紙がよかった。
それにしても腹が減った。時刻は午後3時過ぎ。ヘンな時間がやってまいりました。 ぼちぼち行ってみましょうかね、回転寿司。しかし腹が空くというのは感覚的にわかりやすいんだけど、腹が減るってほうは、考えたらヘンな言い回しのような気がする。腹の中にある食物の残量が減るってことかな。腹自体は増えたり減ったりはしないし。そういや、満腹状態をさして「腹が増える」とはいわないな。「腹が空く」に対して「腹が満ちる」はあるのに。などと考えているうちに、近江町市場。もうすぐだ。もうすぐ北陸のとれとれの魚を乗せた寿司たちが、わたしの前でくるくる回るのだ。ああ、回転よ。褒むべきかな。おお、昼に諦めた寿司屋が見えた。ああ、ものすごく並んでいる。
あの寿司屋に関しては、ヘンな時間はないってことだ。目が回りそうだ。しかたない、座れそうな店を探そう。と思ったら案外はやく見つかった。「かいてん寿し 大倉」さん。ここ、ネタのよさのわりにお値打ち価格と評価されていたお店ではないか。入ってみると、さすがに順番待ちの列はないものの、こんな時間だというのに席はほぼ埋まっていて、座れたのは僥倖。感謝と空腹に震える手で茶をいれて、まずは一口すすり、回ってきたいかの握りを取る。と、となりに座ったおばさまが、「注文して食べたほうがおいしいですよ」と教えてくださる。よく見ると、レーンにはまばらにしか寿司がなく、そして回っている寿司を取っている人はだれもいない。なるほど。しかしこうなると寿司が回っている意味がわからないのだが、考えるのはよして、黒板に「地物」と書かれていたあじといわしを注文。20人くらいいる客が口々に注文するのを、三人の職人さんが握るというかっこうなので、それなりに時間がかかる。しかし待った甲斐あって、出てきた寿司はやはりうまかった。一瞬で食い尽くしてしまった。せめてもう一皿食べたい。ガス海老食べたい!のであったが、ああ、帰りの時間が迫っている。涙を飲んで、お会計。とにかく金沢の寿司屋には「ヘンな時間」はないと身をもって知ったことを収穫としよう。
店を出て駅への道を歩きながら、ごりの佃煮を買い忘れたことに気づく。腹が減りすぎるとロクなことがない。まあいい。駅の土産物売場にあるだろうから、そこで買おう。
駅に着いた。さて、と土産物売場を見て絶句。すごい。人がすごい。レジに並ぶ列が売場の外まで伸びている。それも何台もあるレジのすべてで。人が多すぎて陳列棚に近づけないので何売ってるのかわからない。あそこらへんにありそうだと見当をつけて、人ごみをかきわけて進み、ようやく棚についたらそこは乾物の棚だった。とりあえず外に出るにも、人をかきわけかきわけ。もうダメだ。探す気力も失せた。たのしみにしていた駅弁も、かろうじて見えるショーケースには「完売しました」の貼り紙ばかり。金沢っぽい「利家御膳」とか「おまつ御膳」、「百万石べんとう」などは軒並み完売だ。むー……「ますのすし」は売り切れているけど、「ぶりのすし」には貼り紙なしだな。しかしあれ、富山の弁当じゃないか? とはいえあれしかなかろうな。とにかく売場の外に出て、駅弁を買う人の列の最後尾に並ぶ。やっぱりガス海老あきらめて正解だった。
並ぶこと十数分。よかった、まだ完売の貼り紙なし。「ぶりのすしをひとつください」「すみません、売り切れです」 ……貼り紙が間に合わなかっただけだった。もうダメだ。選ぶ気力がない。「何が残ってますか」「えーと、かにめしと、」「じゃあ、かにめしをひとつください」 最初に提示されたものを買うという無気力ぶり。しかもこれ福井の弁当だ。でも、もういい。ぼくも疲れたんだ、パトラッシュ。なんだかとても眠いんだ、パトラッシュ。もう終りにしよう、パトラッシュ。それでは皆さまごきげんよう、パトラッシュ。
眠っている場合ではない。帰らねば。やっとこさ駅弁(福井の)を買い、改札を抜けてホームに到着すると、乗るべき電車がちょうど入ってきたところだった。金沢の人出を甘く見ておったわ。
金沢始発なので、座ることができた。とりあえずお茶。
逆光で見えにくいけど、北陸新幹線パッケージの加賀棒茶。おいしいです。
というわけで、空きっ腹を抱えて歩き回った挙句、ロクに飯も食えず、土産も買えず(だから職場の皆さまには行ったことを内緒にしている)、金沢に行ったというのに福井の駅弁を買って帰るという、わけわからん旅だったけど、かなりたのしかった。このあたりの人なのであろう、帰りの電車に乗り合わせたおじさんたちが、語尾を少し伸ばす感じのゆったりとしたことばで会話しているのも耳に心地よい。よい旅でした。
最後に帰路の大仏をば。
夕日を浴びた姿が禍々(以下自粛) しかし日常にコレがある生活って、どんなものなんだろうなあ。これは行くしかないのかなあ。
ということで、つぎの目的地も決まったし、……いや、どうせここまで来るんなら、金沢まで行って、次回こそは北陸のとれとれの魚をたらふく食べたいよな。ガス海老もな!つぎは近江町市場じゃなくて、中央市場のほうに行ってみたい。犀川方面にも行きたいし、21世紀美術館にも行かんと。だから最低あと2回は金沢に行かないといけなくて、こうして大仏がどんどん後回しになるのは、やっぱりコレがどうにもこうにもうさんくさ(以下自粛)
そ、それでは今度こそ、皆さまごきげんよう、さようなら。あ、かにめし(福井の)はおいしかったです、パトラッシュ。
よい旅行記ですなー。目のつけどころがさすが弟!きっと私が行ってもおんなじもん撮ってるやろなとニヤリ。
返信削除鏡花父子像が衝撃やな。エイリアンみたいなっとりますやん。小説あんまり読まんけどたまに鏡花と十蘭先生だけは官能のために読むねんけど。こんな像やと萎えるやんー。
まるで行った気になれるような記事でとても楽しめましたー。
兄上! コメントありがとうございます! ようこそおいでくださいました。
削除そりゃ血のつながりはなくとも、兄弟ですから。兄上の謎の自販機写真みれば、おんなじもん撮らはるやろなとわかりますとも。
鏡花父子には参りました。もうちょっと楽しげに作ればいいのにねえ。
「官能のために」というのは激しく頷きます。両者とも、感覚にうったえかける文章ですもんね。
楽しんでいただけてなによりです。あと2回、春の18きっぷ旅は続く予定です。
金沢は2年前に行きましたが、21世紀美術館に時間を取られすぎ、兼六園は速足で歩き、金沢城は外から見ただけで終わってしまいました。
返信削除金沢はまた遊びにいきたいですね。
麩ーさんは面白い写真を撮られますね。
よくこんな被写体がたくさん見つかるなという写真の数々(笑)。
トマソン、数字のタコ、金箔マスク、なかなか得難い被写体です。
泉鏡花記念館にはぜひ行かないと。
消えた警備員は何やら鏡花っぽい気もします。
れぽれろさん、コメントありがとうございます。
削除あー、いいなあ21世紀美術館! わたしもいつか行きますよ!
なんなんでしょうね(笑)。自分でもどこに目ぇつけて歩いてるのかと思います。
泉鏡花記念館、こぢんまりしててよきところでした。ほかにも室生犀星記念館とか、近代文学館とかありましたね。以前訪ねたことがあります。文学的な土地なのですね。たしかに、そら文学も生まれるわ、という街だと思います。
あっ…なるほど、鏡花…うーん、あんまり不景気な感じはしない警備員さんでしたね(笑)。