2019-01-27

鯛、庭、そして古書 ――冬の18きっぷ旅 2018-19 (1)

この冬最大といわれる寒波が襲来した週末、うっかり居眠りして自室で遭難しかかった麩之介です。皆さまいかがお過ごしですか。「寝るなら布団で」、肝に銘じてまいりましょう。


年の瀬も押し詰まってきた某日の朝、前の日に買ったクラブハリエのあんぱんを食べる。消費期限は「当日中」だったが、まあ死にはしないだろう。まだ暗いうちに家を出て、西へ向かう。

海を渡って


うどん県へ。


駅舎がにっこり笑っている。はじめて見たときは「なんだおまえは」と思ったが、もう慣れた。

ちょうどお昼時である。今日はうどん旅ではないけれども、やはりうどんをいただきたく存じ、今まで二度訪ねようとして二度とも、覚えてはいないがなんらかの理由でそこまで行くことさえできなかったお店に向かって歩きはじめる。こんどこそは。

車がないとどうにもならないような地域の、とくに車通りが多い道路が往々にしてそうであるような、歩行者の存在をまったく考えに入れずに設計したんじゃないの、ここ? という所を歩いていて命の危険を感じたため、信号のある場所まで引き返して反対側に渡るなどしながら歩くこと約10分、やっと店までたどりついた本日、ああ、その店は定休日であった。悲願かなわず。ていうか調べとけよという話である。毎度のことだけれども。

うどんは食べたかったが、ともかく腹が減って別のうどん屋へ行こうという気力がなく、来る途中で「あそこもよさそう」と目をつけていた 北浜えびす海鮮食堂 さんへ。思ったより広い店内には、港で働いている感じのお客さんが多い。厨房近くのレジあたりにメニューの看板があるので、そこで注文して、セルフでコップに水を入れて席に着く。


窓の外には漁船が停泊している。ナイス。窓際の席にすればよかったかなーなどと考えていると、来ました


地たこ天ぷら定食 850円也。
大ぶりに切られたぷりぷりのたこの天ぷらは、食べ応えじゅうぶん。さすが漁協経営のお店。アラ汁もうまい。さつまいもとれんこんの後ろにちらりと見えているオレンジ色はにんじんの天ぷら。にんじんを単独で天ぷらにしたものって食べたことがなくて、最初はなんだかわからなかった。

腹を満たし、大満足で、ここからすぐの玉藻公園(高松城址)へ向かう。東門が近かったのだが、よくわかっていなかったのでぐるっとまわって西門から入ってしまった。入るとすぐにですね


鯛にエサをやれるんですよ皆さん。それはやるしかないでしょう(って、もう城とかほとんどどうでもよくなっているわたくし)。


人の気配を察知したか、鯛がしずかに集まってきている。


100円でエサを買い、勇んで階段へ……柵に鍵がかかっている。えー、これ下りられないってこと? ここから投げるしかないん? と思ったが、柵に蓋つきの木の箱が取り付けられているのに気がついた。開けてみる。


これから竹筒を通して餌をやるわけか。


……遠いなあ、鯛まで。間近でエサ食べるの見たかったよ。まあ仕方ない。数粒落としてみる。

にわかに色めき立つ鯛!


駆け寄るハト!


しかし竹筒を通して落とされるエサはすべて海へ!


ちょっと影が鳩サブレーっぽいぞ君ハハハハハ!……えーと。それで。

楽しかった……のか?

考えないほうがいいことは考えるのをやめ、園内散策に気持ちを切り替えよう、と披雲閣庭園へ。

披雲閣は藩主の仕事場兼住居であった建物で、現在建っているのは、維新後老朽化で取り壊されたのを、大正初期に松平頼寿が別邸として再建したものだそうで、国の重要文化財となっている。

のではあるけれども、帰ってから写真を整理してみると、建物の写真も庭の写真もほとんど撮ってないことがわかった。見つかったのは


ど根性松の写真が1枚。いや、散策はとても楽しかったのですよ。建物もよかった。なんで撮ってないんだか自分でもよくわからない。鯛の写真はあんなに撮ったのに。

このあと陳列館の展示を見る。なぜかひこにゃんが展示されていたので吃驚。高松城は彦根城と「姉妹城」なのだそうだ。姉妹城という言葉ははじめて聞いたが、調べたらわりとあった。しかし姉妹でいいのだろうか。「姉妹都市」は米語で "sister cities" というのだけど、これを提唱したのがアイゼンハウアーだという話があって、だとすれば、国や町は英語では女性扱いなので納得できる。しかし "castle" はどうなんだろ。日本語の「城」に近い語感のフランス語の "château" は男性だけどドイツ語の "schloss" は中性だったりするし、さらにいえば同じものを指す名詞の性が言語によって違ったりするのでややこしい。ま、なんでもええか。ちなみに英語で "sister castles" という表現は、わたしは見たことがない。

桜の馬場の水飲みは


なかなかに異なデザイン(市による公園の整備計画を見たら、これ、どうも撤去されそうな気配)。この近くには与謝野晶子の歌が刻まれたモニュメント(ライオンズクラブが寄贈したやつね)があって、中国人観光客の方が熱心に見ておられたのが印象に残っている。日本文学に関心のある方だったのだろうか。

ここから本丸跡は距離的には近いが、橋が一か所にしか架かっていないので、結局来た道を戻ることになる。水門のところを通りかかると、おそらく出張で来たのであろうスーツ姿のサラリーマン二人組が、鯛にエサをやっている。うんうん、やりたいよね。鞘橋を渡って、天守跡の展望デッキより海をのぞむ


工事車両なども見えたりなんかして……しかし、堀の水が海水というのははじめて見た気がする。鯉じゃなくて鯛が泳いでる堀。


高松駅に戻って、今回の旅のメインである次の目的地へ向かおう。徳島方面行の電車(2両編成)に乗り、二駅めで下車、徒歩3分で


あこがれの栗林公園。香川には何度も18きっぷで来ているのだけど、毎度毎度うどん目的なので、公園まで手が回らなかったのだった。見るよー。

芙蓉沼


蓮の枯れた風情もよいものだけど、これは花期は見事だろうな。

屏風松



反対側から見ると、こう


すごいなあ。

見返り獅子


なるほど。

フランス幼児がふたり、転げるように走り回っている。ご両親は芝生に腰を下ろし、楽し気に語らっている。ミシュランガイドを見て来られたのかな。ここ三つ星なんだって。

古理兵衛九重塔


ちょっと調べてみたけど、脇の看板に書かれている「松平初代藩主頼重公の「お庭焼」として正保4(1647)年に京都から招いた紀太理兵衛重利(きたりへいしげとし)が焼いた九重塔である」以外の情報が、ネット上にもほとんどない。

富士山をかたどって築かれた飛来峰より南湖をのぞむ


なんでしょうか、この絶景は。最高でしょうか。

湖の向こうの左奥、紫雲山を背にちらっと見えている建物が掬月亭、あの橋が偃月橋(えんげつきょう)。弓張月が湖面に影を映す姿に似ていることから名づけられたそう。その向こうにある丸っこい島が杜鵑嶼(とけんしょ)。杜鵑はホトトギス、ホトトギスの鳴く頃に咲く花=杜鵑花はサツキ、てことで杜鵑嶼はサツキ島ということですね。当然植えられているのはサツキツツジ。


「恋つつじ」ですってよ。こういうの、いつからあるんだろう、と思って調べてみたところ、無理にこの形にしたのではなく、剪定を繰り返すうちに偶然こうなったとのことで、「客寄せか」とつい舌打ちしてしまったどす黒い心を洗い清めんがため、今後一層、美しいものを積極的に摂取していくことを誓います。

梅林に、1本だけ花をつけている梅の木



あれ、ここ通ったはずなのに、気づかなかったってどういうこと? と思ったら反対側が屏風松で、松スゲースゲーで梅林の方をまったく見ていなかったのだった。たぶんこんな感じで、見ていないところが多々あるのではないだろうか。

しかしいいですよ、ここ。住みたい。住むのは無理だけど、たびたび来たい。近くだったら絶対年間パスポート(一人用 2,570円、三人用 5,140円)買うな。そうそう、後で知ったのだけど、玉藻公園のチケットを見せると入園料が割引になったらしい。これから行かれる方は、ぜひ。


2両の電車に乗って、高松駅へ。このあとはとくにしたいこともないので、街中を歩いてみようと思う。いつだったか、とあるうどん屋さんを目指して歩いてたら「菊池寛通り」という道に出くわしたんで、そっちの方に行ってみるかな、と歩き出して、すぐ。

む。


リバー書房さんという古書店。ここは、間違いない。なぜかはよくわからぬが、わたしの嗅覚が間違いないと告げている。中に入る。奥行きがそうとうあって、かなり広い。床からは本が積みあがっている。棚以外の場所に未整理の本が積まれている店はよくあるが、ここは少し違う。どちらかというと、散乱しているといった方が正しい印象。通路にはなんかの本の帯のきれっぱしみたいなものが落ちていたりして。ただし嫌な感じはなぜかしない(感覚は人それぞれだろうとは思うが)。棚の本はきちんと分類・整理されていて、品ぞろえはかなりよく、とくに文学、美術関係の本に良書が多い。いいですね。好きな本屋だ。

棚をゆっくり見ていると、奥からず……ずず……という音が。うどんだ。おっちゃんがうどんをたぐっているのだ。おお、地元民がうどんを食べている、となぜか盛り上がるわたくし。「それ、どこのおうどんですか」と聞きたい気持ちを辛うじて抑える。うどん県にきてうどんを食べずに帰るというのもまあいいけど、やっぱり食べたいよねえ。どっかで食べて帰ろう。それはさておくとして。

入口近くからだんだん奥に向かって見ていくわけだが、散らかり具合がだんだん酷くなっていく……棚ばかり見ていると確実に本を踏む。なんだろう、仕入れに整理が追いつかないのだろうか。おっちゃんひとりでやっておられるのだろうなあ。おっちゃんが座っている帳場のあたりが混沌の頂点で、どこもかしこも本だらけ。体のバランスを崩しそうになりながら反対側に折り返し、足元に気をつけながら棚を見て、入り口近くに戻る。欲しい本はいくらもあったけど、ホルヘ・ルイス・ボルヘス『ボルヘス・エッセイ集』(木村榮一 訳 平凡社ライブラリー)600円と J.-K. ユイスマンス『彼方』(田辺貞之助 訳 創元推理文庫)500円を買うことにした。おっちゃんは「ありがとう! うん、1,100円か……1,000円にしときましょう」とにっこり。おまけしてもらっちゃった。ありがとう、おっちゃん。また行かしてもらいます。

店を出たら、空には桃色の雲。


さて、うどんだ。前に行ったお店が美味くて安かった(きつねうどん270円)し、駅に近いし、そこで食べて帰るのもいいなと、営業時間を確認しようとしてわかったのだが、そのお店は残念ながら2017年に閉店されていた……残念だが、仕方ない。あれこれ調べるより歩いて見つけた店に入ってみよう、ということで、リバー書房さんからほど近い商店街で目についたさぬき麺業さんに入店、注文後、待っている間に購入した本の写真を撮っていて、隣の席の人に「なにやってるのかしら」という目で見られるなど。


負けない。


天ぷらと温玉のぶっかけうどん(温)。正式名称は忘れた。揚げたての天ぷらがさくさくと美味しかった。


さ、帰ろう。駅に着いたが電車の時間にはまだ間があるので、土産物など見て行こう……なんだお前は。


うどん県観光課係長 うどん健氏。公務員、しかも管理職。白皙の美男子である。袖のフリンジも原材料は小麦粉なのだろうか。ていうか服装かなり自由だな。いい県だ。

健さんのグッズはおいといて、ほかの土産を物色。半生タイプや乾麺と、お土産うどんの種類が豊富なのは理解できるが、うどん煎餅、うどん風味キャラメル、うどん風グミという異色の土産はなんなのだ。ほんまになんでもかんでもうどんやな。どんな味やねん、ってかつお出汁ですね、いうまでもないね。グミは形だけがうどん風で、味はレモンらしく、ちょっと安心した。まあ無難にうどんの揚げ菓子にしておく。塩味のとカレー味の。いや、しかし楽しかったな。うん、次回こそは、まぼろしのうどん店への入店を果たす。待ってろよ、って別にお店に責任があるわけじゃないんだけれども。

6 件のコメント:

  1. 遅ればせながら高松編、楽しく読ませていただきました。
    高松は何度か行ったことがあるのですが、麩之介さんの目を通すと魅力的で面白みの溢れた街になって、まるで別の土地みたいです。
    高松城も行ったことがある気がするのですが、こんな珍妙な仕掛けがあったのですね…こんど私も鯛にエサやると心に決めました!

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    1. 夏樹さん、コメントありがとうございます。

      高松いいところですよね。金刀比羅宮にも2、3度行きました。そこまでの電車ものどかでよかったです。
      高松城はですね、もう鯛しか覚えてないです。あの場所から舟に乗ってお濠をめぐることもできるようなのですが、平日で人が少なかったせいか、やってませんでした。ぜひエサやってください。書き忘れましたが、エサにはおみくじがついているという触れ込みだったのに、わたしのにはなにもついてなかったので、たぶん鯛願は成就しません。

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    2. 鯛願…具体的に何を成就させられちゃうところだったのでしょう…笑
      そろそろ梅の季節も本番を迎えますし行きたいですねえ。
      ふらっと行ってきちゃうかもしんないです!

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    3. 鯛願、ぜひ成就させてください!
      ああ、梅の季節ですねえ。栗林公園の梅はいいでしょうね。ぜひぜひ、愛機で撮られたお写真を見せてください!

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    4. やさしい!
      楽しみになってきました!(鯛願はこわい)
      パチパチ撮ってきます!

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    5. 楽しみにしてますね! 「希望」の水飲みも、ぜひ……

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