2022-12-31

日々雑記 2022 Dec. #3

21日(水)

昨夜届いたものの一部は、小さなクリスマスツリーのオーナメントだった。


飾る習慣がない(というよりクリスマスを祝う習慣がない)ので、これまでツリーをもたずに過ごしてきたけど、小さいツリー買うかなあ。(※奥に写ってる紅茶入れてるマグカップも今回いただいたもの。よい……)



りんご、ブロッコリーのチーズ焼き、バタールのトースト、茹でたまご、紅茶。



カニカマと豆苗のソース焼きそば、にんじんと豆苗のスープ。

晩は、豆腐と厚揚げをヒガシマルうどんスープで煮たもの。こういうものをミニマルおでんと呼んでいる。


22日(木)



わかめうどん。



麦飯に茹でたまごとなめたけ、インスタント味噌汁(長ねぎ)。
冷凍麦飯をチンして、つくりおきのなめたけと、昨日の朝まとめて茹でたたまごをひとつ割って載せ、醤油をたらしたもの。雑めしバンザイ。

春に貸してもらった(詳細はこちら→ 「名古屋わいわい――春の18きっぷ旅 2022 (3)」 )1977年出版のレオノーラ・カリントン『耳らっぱ』(嶋岡晨 訳 月刊ペン社 妖精文庫)をようやっと読んだ。2003年に工作舎から新版(レオノーラ・キャリントン『耳ラッパ――幻の聖杯物語』 野中雅代 訳)が出ていて、そちらの方は語り手の年齢は92歳らしいが、妖精文庫版では99歳となっていた。仏訳からの重訳らしく、ほかにも異なる点はあるかもしれない。それにしてもすごいものを読んでしまった。ハチャハチャ老女革命(褒めてます)。語り手であるマリオンも相当変わってるけど、親友のカルメラがまた破天荒で最高。マリオンが放り込まれた養老院の「権力者」に抵抗するべくハンストを提案、「もちろん、これは一種の反乱なんだから、もし、権力者どもに見つかったら、あんた方は、遠慮なく、機関銃などをぶっ放してやればいいのよ」(p. 180) って最高じゃないですか。次から次へと広げられる大風呂敷はまったく畳まれる気配がなく、読んでる方は最終的にどうなってもいいや、もう、という気分になったけど、まああれです、養老院の権力者どころか、マリオンたちのいる世界で権力を持つ者たち(白人男性とかその周辺の白人女性、たぶん「7歳以上70歳以下」)はどうやら滅び、最終的に共同体を形成するのは老女たち、中国人男性、吟遊詩人(?)、狼の血を引く者といった、いわば周縁に住まうものたちというのにぐっときた。



晩は、バゲットをスライスしてチーズを挟んだもの。


23日(金)



バゲットのトーストにマーガリン、コーヒー。



インスタントラーメン(明星 中華三昧 北京香味塩味)。
トッピングは、茹でたまご、ねぎ、すりごま、豆苗。

午後、溜まっていた用事を片づけに外出。ついでにあれこれ買いものして、移動中に入った知らせにも対応。これはタイミングが非常によかった。別件のために移動しているところだったので、一度で両方の用件を済ますことができた。いつもの書店で注文品を受け取り、姪たちへの貢物を購入。2か所で開催していた古本市を覗いた(が収穫はなし)。帰りに駅の最寄りのスーパー(いつものところではない)で買いもの。見たところ小学三年生くらいの男子ふたりが会話していて、そばを通りかかったとき「サイコパスを利用して人を助けるんならいいと思う」という言葉が耳に入り、なんかちょっと、表現しがたく微妙な気持ちになった。


24日(土)

今朝見た夢。民家の庭先の栗の木が収穫期を迎えている。口を開けたイガからは、おおぶりでつややかな実が覗いている。閉じたイガは集められ、おじさんがゴルフクラブで屋根の上に打ち上げる。イガはすごい勢いで屋根を転がり落ち、地面に突っ込んできて爆発する。ふつうに靴で踏んで開ければいいのに。

寒波のため、18きっぷで出かけるのはやめた方がよかろうということになった。早朝出かけて現地でモーニングサービス満喫の予定だったので、朝食の用意はない、というかイチから準備する気になれなくて、湯を沸かし、少し冷まして飲む。湯気が白い。



辛ラーメン鍋。
鍋に油をひいて玉ねぎをよく炒め、分量よりも多めの水を加えて沸騰したらかやく・粉末スープ・コチュジャンを加え、麺とかぼちゃとじゃがいもを煮て、冷凍のえのきたけ、茹でおきのブロッコリーを加えて軽く煮た。

おやつ


小豆もち、ほうじ茶。
きな粉が別添えのもちは、もち対きな粉の量がアンバランスで、きな粉過多になる傾向があると思う。このもちは、もちがべらぼうに甘く、きな粉に甘味がついてないので、全体としてバランスは悪くないと思われるものの、そもそももちがこの量のきな粉をすべてまとうことが可能かという問題は解決されていない。それと、きな粉はどう頑張っても飛ぶ。
ところでこのもちは、今日お会いする予定だった皆さんへの手土産として買ったものだったのだが、会がお流れになったので、わたしのおやつになったのであった。実は同店の季節の干菓子を持って行こうと考えていたところ、品切れで次回入荷が1月末ということで、急遽京都限定商品のこれにしたのだけど、消費期限が短い生菓子だったため、送ることははばかられ、わたしがひとりで食べる羽目に……がんばります。


25日(日)

喉が痛い。熱はない。一昨日の人ごみでなにかもらってきたかもしれない。



うどん。
ねぎ、かまぼこ、天かす、とろろ昆布をトッピング。付属のスープにはわかめが入っていた。



大根のレリッシュ、アル・ゴビ、麦飯、水(常温)。
カレーをつくる気はなかったのだけど、「風邪にはスパイス」という信仰を持つので、グラタンをつくるつもりで買ったカリフラワーとじゃがいもでカレーを作成。いつもよりスパイス多め、にんにく、生姜は通常の倍入れた。大根はせん切りにして、赤唐辛子、クミンシード、マスタードシード、ヒングを入れて熱した油をじゅっとかけ、塩胡椒を加えて混ぜた。これはたくさんつくって保存容器にストック。麦飯は冷凍をレンチン。



ブロッコリーのグラタン。
そういえば茹でおきのブロッコリーがあったので、耐熱皿に入れ、オリーブオイルとクレイジーソルトを振り、牛乳を容器の半分くらいまで入れ、シュレッドチーズを乗せてオーブンへ。


26日(月)



うどん。
かまぼこ、ねぎ、付属の天かすをトッピング。

本日の仕事を終え、電話業務をやっつけ、懸案のベランダ作業。ニガウリ、アサガオ、ナガイモのつるを片づけ、床面と排水溝を掃除。午後3時を過ぎて昼食の準備(食欲がそんなになかったので忘れていた)。といっても、残りものとつくりおきでなんとかするので時間はそれほどかからない。



アル・ゴビ、揚げ焼き野菜の甘酢和え、大根のレリッシュ、クミンライス。
カレーと大根は昨日の残り、野菜の甘酢和えはつくりおき、飯は、クミンを入れて香り出しした油でタイ米を炒めて炊いた。

24日にご一緒するはずだった方々から、荷物が届いた。お菓子と心のこもったメッセージ、それに、そのうち買おうと思っていた本。なんとういうことか。

スパイスのおかげかどうかはわからないけど、喉の痛みは治まった。


27日(火)

時間がとれたので、18きっぷで東へ。


いつも車中で楽しみにしている伊吹山(雲隠れ中)と新幹線。ぼんやりしているのは、電車の窓ガラスがあまりきれいでないため。

名古屋着。地下街の おらが蕎麦 でお昼。


ちくわ天そばとおむすび。ちく天は揚げたてアツアツの大ボリュームで、口の中をやけどした(けれども、それくらいでちょうどいいと思っている)。

名鉄で豊田市へ。当然 豊田市美術館 が目的地。


これですね。


ゲルハルト・リヒター展。こないだ東海地区の友人たちと来るつもりだったのだけど、悪天候で断念したのだった。どうしようかな、と一瞬迷ったけれども、年末の忙しいときに、しかも急に声をかけるというのもなんなので、単独行動。いざ参る。

展示空間は広くとられ、特に順路も設定されていないので、鑑賞する者は、作品に対し様々な角度と距離をとることができる。


抽象作品を見るといつも、「見る」とは、また「認識する」とはどういうことなのかを考えてしまう。見ているものが何であれ、われわれはそこに「知っているもの」しか見ることができないし、「知っているもの」を探そうとする。「ビルケナウ」を見るときには、「この絵の下には、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所で撮影された写真(※画像の「鏡」に小さく映っている4点)をもとに描かれた絵が存在する」ということを考えずに見ることはできないが、画面でそれを認識することは不可能で……とか考えながら見ていたらひどく疲れた。が、当然ながら、非常に楽しかった。コレクション展「反射と反転」も、「リヒター展」と響き合うよい企画だった。堪能した。

帰りは行きとはちがう道を歩いたのだが、こんなものを発見。


正月もまだ来ていないというのに、もう恵方巻ののぼりが出ている。

名古屋に戻り、創業明治40年という 大甚本店 で晩飯。飲み物はクラフトビール(日替りで、本日は「インドの青鬼」)、あったかいものが食べたかったので「豆腐鍋」を注文、自分で好きな小鉢を取ってきて席で待つ。ホール係の人たちはみんなきびきびといい動きをしている。中国系や南アジア系の若い人が多い。飲み物来ました。


写真ブレてますな。たこ酢や茄子の煮びたしなんかをつまみつつ飲んでいると、「刺身いかがですかー」とお盆にまぐろと数の子を乗せて行商(?)に来たので、まぐろをもらう。


あ、うまい。そういえばわたくし、本まぐろなんて食べたことないような気がする。

そして豆腐鍋が到着。


なんの気なしに頼んだけど、これが絶品だった。牡蛎や湯葉など具だくさんで、うずらのたまごが落としてあるのがニクい。そしてこのお出汁がたいへんに美味しい。柚子、三つ葉、しいたけの香りが絶妙に効いている。これはIPAじゃなくて酒にすべきだったな。次回は必ず。


28日(水)

膝と腰が痛い。それと治ったかと思ってたけど、やっぱりちょっと風邪っぽい、または新しいのをもらったか。ということで、今日は一日おとなしめにする。


29日(木)

膝の痛みは楽になったけど、腰がちょっとかなりヤバい。喉の痛みはなくなったような感じだけど、ひきつづきおとなしめにする。



ソパ・デ・アホ。
今日もなんとなく不調なので、にんにくを追加投入。



豆焼き飯。
ホールスパイス(赤唐辛子、クミンシード、マスタードシード、フェヌグリークシード)とヒングを油で熱し、にんにくと生姜をいつもよりたっぷり、玉ねぎ、にんじん、ピーマンを加えて炒め、パウダースパイス(ターメリック、粉唐辛子、コリアンダー、クミン)とトマトペースト、塩、麦飯とミックス豆のドライパックを加えて炒め、刻んだ豆苗を加えた。

夕方、24日にご一緒するはずだった、もうお一方から荷物が届く。ありがたいことだなあ。皆さまには、年明けになんぞ……なんぞ……(一応考えてますよ)



豆腐鍋。
大甚本店の豆腐鍋みたいなのが食べたくてつくってみたけど、ひとり鍋では、あれほど具だくさんにするのは難しい。昆布出汁に酒と醤油で味つけ、豆腐、鱈、ねぎ、しいたけ、えのきたけを煮た。


30日(金)



バタールのトーストにバター、コーヒー。



豆腐チゲ、麦飯。
チゲには豆腐、鱈、ねぎ、しいたけ、えのきたけ入り。つまり昨夜の鍋の具の残りを、昆布出汁にテンジャンとコチュジャンで味つけしたつゆで煮て、たまごを落とした。

近所のスーパーで、小さいにしんの昆布巻きを買う。


31日(土)



オニオングラタンスープ的なもの。
薄く切ったバゲットをオーブンでカリッと焼いて、チーズを乗せてさらに焼き、インスタントのオニオンコンソメスープに浮かべた。



インスタントラーメン(明星 チャルメラ 宮崎辛麺)。
ねぎ、もやし、しいたけ、えのきたけと麺を煮て、溶きたまごでとじた。

午後、浄水ポットのカートリッジを買いに行くついでに、煮しめの材料も買った。帰って煮しめを炊く。


食べきれる分にしようと冷凍野菜セットを買ったが、こんにゃくだけは一袋使うので、どう見ても割合がおかしい。まあしかたない。出汁がら昆布も入れた。

晩は、煮しめ(こんにゃく多し)をアテに熱燗少々。

いちおうね


シメはそばで。いや、安かったから……

年越し読書は、いただいた赤染晶子『じゃむパンの日』(Palmbooks)。



子供は律儀にすべての脚を描くものだ――麩的京都案内

はじめに断っておきますが、これは一般的な観光案内にはまったくなりません。ある秋の一日、わたしがわたしの友人たちを案内したというだけのことが書かれています。一般案内でなく特殊案内ということで、どうかひとつ。


11月某日。本日は東から来る友人Sさんと、そのご友人Kさんのアテンド。お二人が京都国立博物館で開催中の展示を見に来られるというので、お誘いいただいたのだった。それ以外に行きたいところや見たいものがあるか事前に尋ねたところ、
1.タイ・ラオス料理店 キンカーオ で食事したい
2.西洋民芸の店 グランピエ に行きたい
3.京都っぽい紅葉が見たい
の三点のみで、あとはおまかせとのこと。紅葉には早すぎるけれども、まあなんか考えましょう。

まずは新幹線乗り場までお迎えに上る。以前に比べるとかなり人が多くなっている。久しぶりにお会いするSさんは「紺色のニット帽に眼鏡」のいでたちと聞いており、「紺のニット帽に眼鏡、紺のニット帽に眼鏡」ときょろきょろ探しまわった末にわたしが見つけたのは、暑いからとニット帽を脱いでいたSさんであった。久々の再会に感極まったわたしの第一声は「かぶっといてくれよ!」であった。われながら無礼者である。

さて、それじゃ行きましょうか、と歩き出したわれわれ一行。実はここに来る途中、地下街を歩いていて偶然古書市をやっているのを見てしまったわたくし、つい「あ、そうそう、そこの地下で古書市やってましたよ」と口走ってしまった。Sさんは、夏の古本まつりオフ(8月12日の日記参照 → 日々雑記 2022 Aug. #2 )にご一緒するはずだったお方(それで、そのとき行けなかった料理店を指定されたのであった)。そう、本が大好きな方なのであった。ああ、なんということであろう(棒)、それを知りながらわたしはうっかり(うっかり?)口を滑らせてしまったのである。一日はまだ始まったばかりだというのに、ああ(棒)。

というわけで、まずは地下。


各自勝手に見て回る(通常営業)。Sさんは文庫・新書など3冊を手に、箱入りのゴツい本の前で逡巡しておられた。強い。しかし「帰りにまた寄りましょう。たぶんあれ(ゴツい本)は残ってますよ」と文庫&新書のみお買い上げ。常識人だ。いや、どうだろう?

地上に出て、最初の目的地へ。「歩いて行けないことはないんですが、いちにち長いですし、バスで行きましょう」と説明しつつバス乗り場の方を見ると、ものすごい行列が目に入った。それはわれわれが乗るべきバスを待つ列であった。「歩きましょう」「そうしましょう」

駅から歩くこと約15分、目的地の手前で、いつもの(わたしにとって)喫茶店、 喫茶アマゾン (今年で創業50年!)で休憩。2階窓際のカウンター席に案内される。わたしはコーヒー、ほかの二人はサンドウィッチとコーヒーのセットを注文。


玉子トーストを二切れ分けてもらった。わたしはここではいつも玉子トーストをたのんでしまうので、つい「玉子トーストがおすすめです」なんていってしまった。玉子トーストしか食べたことないのに「おすすめです」もないもんだけど、もう一皿のハムサンドも、そしてもちろんコーヒーもおいしかったと二人とも喜んでくださり、なによりであった。

そして京都国立博物館へ。前期展示開催中の特別展『京(みやこ)に生きる文化 茶の湯』を見に行く。

(ここに画像を入れようとしたら、なんと会場もタテカンも撮ってなかった)(不覚)

龍光院蔵の窯変天目茶碗が見られると思ったら、展示期間が過ぎていた。残念。しかし目玉(?)の大井戸茶碗をはじめ多数の国宝が展示されていて、眼福眼福。逸話だけ知っていて、いつか実物を見たいと思っていた馬蝗絆が見られてうれしかった。これ国宝だと思ってたけど重文だったのだな。まあ国宝だったら、ちょうど開催中の東博の『国宝 東京国立博物館のすべて』に出てますな。絵画も素晴らしかった。とくに水墨画。伝 牧谿 筆「柿図・栗図」にまた会えた。これ大好きなのだ。
そういえば全体的にキャプションが独特で、なかには「ナマズを思わせるぬめりのある肌」(※茶釜の質感の形容)なんて書かれているものもあったりして、「いやナマズの質感知ってる人少なくない?」「ていうか別にナマズでなくてもよくない?」といちいち面白がってしまった。

それにしても、見応えがあった。通常は常設展示場の平成知新館が会場だったため、常設展を見ていないにもかかわらず、見終わるまでに3時間以上かかったほどに……ということは、昼食はここで、とリクエストのあった料理店は……はい、閉まってますね。まあ、どこなと食べるところはありますよと、次の目的地へ向かう前に、昔この近辺に住んでいたわたくしが渾身でおすすめする、 赤尾屋 (創業元禄12年!今年で何年目かはちょっとすぐにはわからない!)と、 井上製パン (今年で創業70年!)で買い物をして、次の目的地を目指し、京阪電車で出町柳へ。

車中で「出町柳駅ということは、出町ふたば は近いのでしょうか」とKさん。水無月を買いたいのだそうだ。季節菓子なので置いてないかもしれないけれども、行ってみることにした。橋を渡りながら、川べりに座る人々を指し「あれが鴨川名物 等間隔カップルです」「このあたりはまだ各カップルの縄張りが広いですが、三条‐四条間は個体数が多いため狭くなります」などと適当にガイド。そして河原町通りへ。「あの人だかりが見えますか? あの行列の先にあるのが 出町ふたば です」「ひぃ……」「今日はまだましですが、ひどいときは烏丸通を挟んで、向かい側にも列ができます」「うわぁ……」
人波の隙間からウィンドウを見る。店先の貼り紙に「栗水無月」というのがあったが、すでに売切れであった。残念。しかし通年あるものなのか、「水無月」なのに。ともかく、すぐそこの商店街にも和菓子屋さんはある、というか、この 出町枡形商店街 も、二人にぜひ楽しんでいただきたかったのだ。

スーパーの店先に


魅惑のハイカロリー枕。

歩きながらふと思い出して
わたし「この商店街には、なかなかいい古書店が2軒あるんですよ」
Sさん「いや、もう古本は」
わたし(ほかにも図録とかグッズいっぱい買ったからね、と頷く)
Sさん[でもちょっと」
わたし「入るんかい」

結局両方の店に入ったわれわれ。そのうちの1軒、ふるほん上海ラヂオ ではかなり時間を使った。

表紙に感想を書く斬新なスタイル


これ売ったんだ。ひょっとしたら親切のつもりなのかもしれないけど、こんなの誰も喜ばないよねえ。

わたしは100円コーナー(掘り出し物多し)の文庫本を1冊買い、Kさんと一緒に店を出て、Sさんの買い物が済むのを待つことにした。

店を出てすぐの足下には


何人かの寄せ描きらしく、それぞれタッチが違う海の仲間たちのイラストタイル……これなんだろう?


……大かむろ? は海の仲間ではないな。あ、突起物が8本あるところをみるとタコかもしれない。子供は律儀にすべての脚を描くものだ。ひょっとしてこういうことなのではないか。


右利きの子が左下からくるんとマルを描き、マルの中に顔を描いて、左端の脚から描きはじめたが、すべての脚があるべき場所にうまく収まらず、上までいっちゃった感じ。タテヨコの関係がこれであっているとして、突起物がすべて下方に向いていること、4本目か5本目からのやっつけ感からいっても、これ正解じゃない? 画面左下のイカにも脚がちゃんと10本ある。


イカのとなりの緑のボルボックス的なものには突起物が8本。これもおそらくタコであろう。むしろ正体が皆目わからんのは、さっきのタコ(と思しきもの)の隣のやつだ。


渦を巻きなにかを生やしている。渦の中心の暗黒はいったいなんなのか。こやつが何者であるのか考えていると、支払いを終えたSさん登場。結局ここでも大量に買い込み、エコバッグのひもがちぎれんばかりであった。

寺町側の出口に近いあたりの豆腐店 いづもや の前で、「ここのお豆腐おいしいんですよ、この辺はいい水が出るとこで、その井戸水でつくってはるんです。わたしこの辺に来るといつもここでなにかしら買って帰るんです、厚揚げとか」なんていうが早いか「すみません、ひろうすください!」と注文するSさん。えっと、まあ夏場ではなし、大丈夫でしょう、うん。ひろうすもおいしいんだよね。大きくて、中にゆり根とぎんなんが入ってて。煮物もよいし、フライパンでじっくりパリッと焼いて、アツアツのところを生姜醤油か、天つゆに大根おろしなんてのも。

寺町通に出て南へ、今出川通りを西へ。向かったのは 京都御苑 である。事前に「京都っぽい」どころか紅葉そのものがまだ始まってないと思うんですが、とお伺いを立てると「いい感じの木々が見られたらいい」ということだったので、それならここでしょう、やはり。今出川御門から入園、いきなり盛り上がる客人たち。ばっしばっし写真を撮りまくっておられる。うむ、お連れしてよかった。ところでわれわれ、まだお昼食べてなかったのですよね。

ベンチに座って、井上製パンで買ったパンを食べる。これが美味しいんですよとオススメしたミルクフランスは大好評であった。わたしがあの辺に住んでいたのは20年以上前で、お店は代替わりしたようなのだけど(接客してくれたのは若い人で、いつも粉だらけの手でお釣りを渡してくれてたおじさんは、奥の窯の前で新聞を読んでおられた)、相変わらずうまかった。

歩いているとこういうものが目に入る。


たまに修学旅行生なんかが警報鳴らしてるんですよーあとなんか放送で注意されてる人もたまにいますねーどっかで見てるんでしょうねー、なんていいつつ歩いていたら、溝をまたいで写真を撮っていた人が警報を鳴らし、挙句に「壁から離れてください」と放送が入った。あまりのタイミングのよさに大笑いするなど。

日が陰り、さすがに冷えてきた。大きな木の梢はまだ日に照らされている。


いい感じに西日を受けたケヤキと、月。

京都御苑を後にして、地下鉄で市役所前駅へ。寺町通りを北上しつつ、「あそこにいい古書店が」「いや、さすがに……」「ですよねー」などといいつつ、最終目的地を目指す途中、常々気になっている店に目が留まる。


取扱い商品のみが表示されている ボタンの店 エクラン の潔いファサードは紹介せざるを得まい。実は「ボタン」という店名だとずっと思っていた。寄っていこうということになって、はじめて店内へ。ひとりではなんとなく入りにくかったので、この機会にじっくり中を見せていただく。すごい。ご主人いわくボタンの在庫は10万個とのこと。冷やかすだけのつもりが、ご主人(めっちゃ話好き)と楽しく会話しているうちに、気づけば友人への土産をまんまと購入していた。こう見えて(見えない)かわいいものが好きだったりするもので、うっかりするとこういうことになる。

さて、そろそろ目的地。そうそう、 西洋民芸の店 グランピエ の店舗は2軒あって、わたしがよく食器などを買っているところと、入ったことがない衣類なんかの店がありますが、というと即座に「両方!」と返ってきた。まあ離れていない、どころか道を挟んで斜向かいという感じなので、まったく問題ない。両方の店でたっぷり時間を使う。ここでちょっといいものを見つけてしまった。素朴なたまご色の陶器のシリーズ。みんなこれを気に入り、3人お揃い、いやSさんはご家族の分も買われたので、4人お揃いで、たっぷり入りそうなカップを買った。


コルドバのオリーブ畑の土で焼いた陶器とのこと。柄はオリーブの葉。歪んでいたり、大きさがまちまちだったり、描かれている葉っぱの枚数が違っていたりと、おおらかでとてもよい。
(※後日の話だけど、わたしは友人2人の分も買ったので、最終的にはわたしの周囲の6人が同じカップを手にすることとなった)

さて夕食どうしますかねー、カレーどうです? ということで、 カマル へ。実はここ、よく歩く通りにあるので存在は知っていたけれども、最初に入ったのはつい最近、東京の友人に薦められてのことだった。ルーツは東京の名店とのこと。野菜ジュースとカレーを頼んで、先に来たジュースを全員ほぼ一気飲み。カレーを待ちながら、そういえば万歩計があるんですよと出して見たら、約15,000歩。ひとさまを歩かせていい歩数ではないような気がする。そりゃジュースも一気飲みだわ。まことに申し訳ない。

カレーきました。わたしのは、なすのカレーとやさいのカレーのコンビネーション。


(左:なす 右:やさい)

やさしい味なんだけど、スパイスはしっかり効いててうまい。二人はキーマカレーとバターチキンのコンビネーション。どちらも美味しいと大好評であった。お連れしてよかった。

さてお勘定。いままでぜんぶSさんが支払いをしてくれていたので、清算しましょうと申し出るも、「アテンド料です」「はじめからそう決めていました」とにっこり。抗議はしたけれども、こうした場合、揉めて覆ることはまずないので、ここはありがたく奢っていただくことにした(が、次回はワシが奢るからな、覚えておれ)。
(※そう心に誓ったが、後日も手練れのSさんにあっさり敗北したことは記憶に新しい。11月25日の日記を参照 → 日々雑記 2022 Nov. #3

そろそろ二人はお帰りの時間。地下鉄で京都駅へ。地下街を通り、はじめにのぞいた古書市がまだ営業しているのを横目で見て(さすがにもう、ね)、新幹線乗り場へ。二人が切符を買っている間に、向かいの売店で 葵家やきもち総本舗 の「やきもち」を買って渡そうとしたら、なんと売切れであった。そうだ新幹線乗り場の近くでええもん売ってるやん、せめてものお返しにさっと買ってぱっと渡したれ、と思ったのだけど。最後までこんなんで、なんか申し訳なさすぎる幕切れ。次回は必ず一矢報いたい。(一矢報いるとは)

そうだった、本も買ってもらっちゃってたのだった。


飛浩隆『象られた力』(ハヤカワ文庫)、松浦寿輝『川の光』(中公文庫)、辰巳芳子『味覚日乗』(ちくま文庫)。
『味覚日乗』のみ出町で自費購入。ほかの2冊は、はじめの古書市の「1冊300円、5冊1,000円」コーナーにあって、Sさんが「買いたい本が3冊あるんだけど、なにか欲しい本2冊ありませんか? 合わせて買いましょう」と持ちかけてこられたのだった。お会計はもちろん一緒にしないといけないわけで、思えばこのときから奸計に嵌められていたのでは(奸計いうな)。


思い返してみれば、最初から最後まで足任せでダラダラ歩いてただけの一日だった。しかもけっこうな距離を。やたらに歩かせたのにほぼリクエストこなせてなくて申し訳なかったけど、そして徒に荷物を重くしてしまってほんとに申し訳なかったけど、さらにアテンドらしいことをなにもできていないのに奢ってもらっちゃってほんとにほんとに申し訳なかったけど、二人とも楽しんでくれていたようで、それだけはよかった。またの機会があればいいな。わたしもとても楽しかった。

あ、タイトルですか? 勢いに任せて書いていて生まれたフレーズが妙に気に入ったもので、とくに意味はないです。しかしけっこういい線いってる気がします。真理なのではないかとさえ思います。ええ、酒飲んでます。