2020-08-31

日々雑記 2020 Aug. #3

21日(金)

ものすごく面白い夢を見たのだけど、目が覚めたら「面白かった」しか覚えていなかった。




お揚げときのこのうどん。




冷やしそうめん。
具は蒸しなす(昨夜のグラタンに使った残り)、かにカマ、錦糸卵、きゅうり、わかめ。わたしがつくるものとしては比較的に正統派(?)なものになった。これに干ししいたけの炊いたのがあれば完璧なのだが、急にはつくれない。干ししいたけを戻すのに時間がかかるし、炊いたら冷やさないといけないので、思い立ったらすぐにとはいかない。いつかも書いた気がするけど、実家でそうめんというと、茹でて氷水で締めたそうめん、煮干しと干ししいたけで出汁をとったつけつゆ(これも麦茶容器に入れて冷蔵庫で冷やしてあった)、ハム、錦糸卵、きゅうり、干ししいたけの炊いたのが盛られた皿のセットであった。夏の間よく食べたものだけど、決して手軽な料理ではなかったと思う。こういうことは自分でやってみないとわからない。

晩は冷や奴に青唐醤油でビール少々。


22日(土)

6時ごろ、鳥の歌で目を覚ます。というと優雅に聞こえるだろう。しかしわたしが寝ているすぐ外で、けっこう声量のある鳥に囀られては、いかに美声といえどもそれは騒音。ていうかこれ、わたし縄張り(ベランダ)奪われてない?




舞茸天うどん。
昨日買ってきた天ぷらをオーブンで温めて乗っけた。「揚げ物」のオートメニューで温めたら焦げたので、焦げたほうを下にして写真を撮った。(下にしたことを書いたんでは隠した意味がない)

早起きしたので、昼に使う食材の下準備をする。鍋に湯を沸かし、豆腐を崩し入れて少し茹でる。


これをざるに上げておく。

豆腐を水切りしている間に、ごぼうをささがきにして、弱火にかけたフライパンで、多めのごま油で炒める。


ごぼうのツンとした臭いがやわらぐまで炒める。たぶん10分くらい。炒めることでアクを抜くので、ここは嗅覚を頼りにして、刺激臭がなくなるまで炒める。

ごぼうのフライパンに水切りした豆腐を加え、水分が出てこなくなるまで炒めて、酒と醤油で味つけする。なんならみりんをほんの少し加えてもいい。


さらに水気がなくなるまで炒めてできあがり。


鉄のフライパンでごぼうを炒めると、鉄がごぼうのタンニンと反応して、豆腐が食べものとはとても思えない色(ほぼ御影石)になるので、気になる方は樹脂加工のフライパンやアルミ鍋などをお使いください。

この後、これを普通に水加減した米にのっけて炊くのだけど、炊く米の量によって味を調整した方がいいと思う。炒りごぼう豆腐が全部使えそうなら、味つけを濃いめにしておいて、米と合わせてちょうどいい加減にしておく。残りそうならそのまま食べておいしい味にしておいて、米に載せてから塩を少しふるといい。残った分はそのまま食べるもよし、うどんの具にするもよし。

具材を準備したらちょうどいい時間。NHKラジオ第一の「夏休み子ども科学電話相談」を聴く。




レモンきゅうり、にがうり12号のおひたし、豆腐とごぼうの炊き込みごはん、なすの味噌汁。
このごはんには粉山椒が合うのだけど、今日は一味唐辛子で。これもなかなか。

午後、日よけを下ろすためにベランダに出て、今朝わたしを叩き起こした鳥が落としていったフンを発見。何かの種が三つ四つ散らばっている。床が土でないのが残念。しかし、手すりのあたりにいたのかと思いきや、中まで入ってきていたのだな。ちょっとうれしい(ハトだとうれしくないくせに)。

某呟き処でフォローしている方に教えていただいた「だし」をつくった。


夏の醍醐味。なす、きゅうり、オクラ、青じそ入り。みょうがは残念ながらあまりいいものがなかったので、今回は入っていない。教えていただいた味つけは醤油のみだったけど、今回味醂と酢をほんの少し入れてみた。

明日のパンを焼いて、布団に入る。夕方、いい時間に雨が降ってくれたので、今夜は涼しい。鳥は明日も来てくれるだろうか。先月くらいからこのあたりで鳴いているのは知っていたけど、姿を見たことがない鳥なので、誰か知りたい。しかし、声だけで正体がわかる鳥って、案外少ないものだな。よっぽど特徴的な声でないと、鳴いている現場を見なければ覚えられない。


23日(日)

今朝は、ヤツが鳴いているのは聞こえたけれども、ベランダ侵入はなしであった。残念。




昨日焼いたレーズン酵母パン、コーヒー。
パンは網で表面を軽く焼いた。

午前9時5分からは、この夏最後の「夏休み子ども科学電話相談」を聴く。今日の放送の白眉は9時台の最後、小1男子の「このまえ動物園のゾウが死んでしまいました。死んでしまったゾウはどうするんですか」という質問。答えるのは、札幌市丸山動物園参与の小菅正夫先生。
「おじさんたち動物園にいる人間はね、ゾウってものすごく気になる動物なの。なかなか上手に飼えなくてね。いまどのくらいゾウが日本にいて、どんな状態かというのを、動物園にいる人間はだいたいわかってるんだ。で、死んだあとどうするかっていうとね、その動物が動物園にやってきて、どういうように生きて、そして死んでしまったかという記録を、全部残さなきゃなんない」といい、ゾウが死んだら獣医さんたちがすることを、たんたんと語る先生。
「まず最初にやることは、体の大きさを全部測る。足の裏の大きさから、鼻の長さから、測れるところをぜんぶ測る。そのあと体の中を見せてもらう。どんな状態だったか教えてもらうために、体の中を開けて、内臓の状態を調べて、大きさも測ってぜんぶ記録する。まだね、あそこ悪いよここ悪いよっていってくれて、それでいろんな治療ができたら、おじさんたちにとって都合がいいんだけど、動物はね、苦しみとか痛みというのを、伝えようとしないんだよ。動物園でも。あんなに親しくしていた飼育係にも、『お腹痛いんだよ』とか、『ちょっと今日熱ありそう』っていってくんないの。それをなんとかして見つけなきゃなんないんだけど、そういうことがなんにもわからないまま死んでしまう例があるんだよ。そのときは解剖して、肺の状態は健康だったか、腸はどうだったのか、ひとつひとつ全部調べて記録して、もちろん写真も撮って、組織の一部も保存して後で調べたりして、そうやって死因を特定していくんだけど、そういうことをね、死んでから教えてくれるんだよ。耐えられないんだよ、そういうの」
先生の声が苦しそうで胸が痛む。
小菅先生「そうやって全部調べて、最後にどうするかっていうと、骨。大事な骨は、きれいにして骨格標本にする。それは動物園に置くこともあるし、学生たちが勉強できるように大学に保存することもある。そういうふうに、このゾウが日本にやってきて、暮らしてきたことの記録を全部取るの。すべてを教えてもらって、さらに骨として残して、多くの学生たちに学ぶ機会を与えてくれるようにするのが、おじさんたちの義務だと思ってるんだ。それで、最後はもちろんお祈りして、それで終わりという感じ。動物が死ぬって大変なことだけど、そこから学べることがたくさんある。おじさんたちはそうやって動物たちに育てられてきたんだ。だから、死んで『ハイさよなら』っていう感じじゃないんだよね」
司会の石井アナウンサーの「動物は人間の言葉を話しませんけれども、いろんなことを教えてくれますよね」という言葉を受け、「いやー、実はね、ぼくは、発してると思うんだよ。われわれがね、わからないんだよ、きっと。情けないことに。そこなんだよね。絶対に何か発信してると思うんだよ。おそらくゾウ同士だったら『どうしたの?あんた、お腹痛いの?』とか思ってると思うんだ。人とゾウだと、ゾウがどういう信号を発してんのかって、まだまだわからない。それはゾウばかりでなくて、あらゆる動物がそうなんだよ。ぼくたちが動物そのものになってその動物を見ていかないと、やっぱりわからないと思うんだな。わからないということを本当に痛感させられて、つぎ飼うときには、絶対にそこのところは、って一歩一歩進めていってるのが動物園の世界で、常に彼らの死を教訓として次へ生かそう、次へ生かそうとずっとやってるんだ」
聴いていて涙が出た。「動物は痛みや苦しみを伝えようとはしてくれない」って、生き物と暮らしたことのあるひとなら、みんな知ってる。動物は弱っていることを隠すんだよね。そして、もしかしたら「助けて」っていっていたのに、そのサインを受け取ってやれていなかったのかもしれない。いま、自分が育てている植物たちとの暮らしでもそれを痛感する。あのときああしていれば枯らさなくてすんだのかもしれない、つぎに同じ種を育てるときには、絶対にそこのところは、そう思っている。(そもそも西日しか当たらないベランダなので、ほんとうにすまないとは思っている)




冷やしそばにだし。
だしの塩気があるので、つゆはかなり薄味にしてある。めんつゆを薄めて使ったけれども、ひょっとしたら昆布出汁にほんの少しの塩でいいかもしれない。それだとうどんが合うような気もする。それはともかく、うますぎて、もう一束そばを茹でておかわりしてしまった。

夕方、いつもの水やりのほかに、中耕したり鉢に土を足してやったり枯れ枝を切ってやったりと、ベランダの衆の世話をする。明るいうちでも外での作業が楽になった気がする。


24日(月)

昨日あたりからまたニガウリの花がぽつぽつ咲きだした。秋、ですかね。




一昨日焼いたレーズン酵母パン、柚子茶、コーヒー。
パンは霧を吹きかけてアルミホイルで包み、オーブンで10分焼いた。

夕方、外からあの鳴き声が聞こえたのでベランダに出てみる。斜向かいの建物のアンテナにヤツがいる。部屋に戻って単眼鏡を出し、ベランダへ。逆光でよく見えないので、写真に撮って拡大してみようと思ったらぱたぱたと飛んで別の建物の屋上に。写真に撮ってみた。


遠すぎてやっぱり誰だかわからない。もう一度おいでください。待ってます。

そのときついでに撮った夕空。


夜、レーズン酵母パンをふたつ焼いて、ひとつ食べた。焼きたてを食べたかったのだ。異様に早起きすれば朝食べられるのだけど、なかなか異様に早くは起きられない。


25日(火)




レーズン酵母パンのオムレツサンド、紅茶。
昨日焼いたパンは、霧を吹いてアルミホイルに包み、オーブンで焼く方式でリフレッシュ。スリットを入れて、玉ねぎ、にんじん、ピーマンのオムレツを挟んだ。

大阪万博のロゴが発表された。ええ、これ?と思ったが、最終候補に残った5点を見たら、ああ、それはこれに決まるやろ、という感想。案の定、某呟き処ではほぼ大喜利状態。わたし自身はあれは嫌いではない。ロゴでなくマスコットであってもいいのにと思う。そう、あれはロゴなのだ。さっそく「いのちの輝きくん」とか呼ばれているが、マスコット・キャラクターではないのだ。気持ち悪いという声もあるけど、せんとくんには皆さん慣れたではありませんか。あれにも必ず慣れます。ていうか3日で飽きられそうな気もする。それはそれとして、わたしは万博開催には反対なのである。

夕方、例の鳥の声が聞こえたのでベランダに出た。向かいの建物のアンテナにいて、今日は3羽が小競り合い……って昨日写真を撮ったのと同じ場所に、同じポーズでいるものが……???部屋にとって返し、単眼鏡を持ち出して見てみた。結果、アレはなんらかの装置であり、鳥ではないことが判明した(なんであるかは不明だが、まあアンテナ的ななにかであろう)。目が悪いにもほどがある。

コッペパンを焼いた。


ちょっと焦げたが、成功といってよいのでは。元種の量を少なめにしたのがよかったのかもしれない。あとは火加減だな。焼きたてをひとつ食べて寝る。


26日(水)




魚肉ソーセージときゅうりのコッペパンサンド、紅茶。
赤いのはピザソース。キャベツが合うとは思うんだけど、半玉250円ではとても買えない。

本日の夕空


ランポーくんが再びやる気。


3輪の花を咲かせたあと、4つめは小さな蕾のまま夏の休眠に入ってしまったので、ひょっとしたら去年みたいに落ちてしまうのかなと思っていたが、この何日かでぐんぐん大きくなった。ということは、もう夏は終わったのだ。まだまだ暑いけれども、植物が動き出したのだから、それは確実。ということで、今年のサボ子種をそろそろ蒔きますか。


立派に育ってほしい。

今日はいいみょうがが手に入った。


というわけで、だしをつくった。なす、きゅうり、オクラ、みょうが、青じそ。晩は冷凍麦めしを温めて、これを乗っけた。


27日(木)




コロッケのコッペパンサンド、紅茶。
コロッケは冷食、葉っぱはベランダ産バジル、赤いのはケチャップ。

ランポーくんの4番、開花。


昨日まで晴れていたのに、今日はどんよりしていて残念。

本日の夕空


夜、パンを焼く。今回は粉にコーンフラワーを混ぜてみたパンを三つ。焼きたてをひとつ試食してみた。味も香りもよいものができたが、もう少しコーンフラワーの量を多くしてもよかったかもしれない。


28日(金)


ランポーくんの4番、2日目。



少し小ぶりだけど、とてもきれいだ。

29日(土)




とうもろこしパン、インスタントスープ(トマト)。
昨日焼いたパンは濡らしてアルミホイルに包んで焼いた。




だし、なすと厚揚げのたまごとじ、麦飯、オクラの味噌汁。
たまごとじは味噌で味つけした。最初なすと玉ねぎだけでつくろうと思っていたのだけど、厚揚げときのこの炊いたのがちょっと怪しげになってきたので、それも加えた。辰巳浜子の『料理歳時記』ではなかったかと思うのだけど、むかし、大きなホタテガイの貝殻を炭火にかけ、出汁を沸かして味噌を溶き、たまごでとじる「貝焼き」(「かやき」と読む)という東北の料理のことを読んだことがある。もとはそういうものらしいが、ひとりぶんずつ小鍋で煮た鍋ものも貝焼きというそうだ。ならばこれはさしずめ「茄子貝焼き」とでもいえるか、と書こうとしたら、「なすかやき」を躊躇うことなく「ナスカ焼き」と変換してくれたマイPC(嫌いじゃない)。それはともかく、いつか貝殻で煮食いしてみたいとずっと思っている。

ランポーくんの4番、中央部は営業終了とのことです。


外側だけ開いてるのは初めて見た。

某所でお薦めいただいた本が届いた。


上原善広『日本の路地を旅する』(文春文庫)。ぱらぱら見ていたら、新宮の役所の人の「健次さんの小説を読んできて、がっかりして帰る人も多いんですよね」という言葉が目に入った。「小説を読むと、貧しい家々が建ち並ぶドロドロした印象を受けるみたいで、それを見に来られるんですね。でも今はきれいになっているからガッカリするんですって。そう言われても、複雑ですけどねえ」(同書 pp. 12-13) わたしが中上健次の生家のあったあたりを歩いたのはずいぶん昔のことで、そのときはすでに集合住宅の建ち並ぶ町だった。ああ、そりゃあこうなるだろうし、こうでないとな、と思った。人がそこで生活している場所なんだから。学生のころ、京都の「路地」の近所に住んでいた。近年の再開発のはじまるずっと前の話だ。市営のプールに通うのに、人通りが少ない道を選んで、そのあたりを自転車でよく走っていた。途中通りかかる銭湯の料金がえらく安かったのと、でっかい「皮ジャンバー」(ジャンパーではない)の看板を掲げた店があったのを覚えている。いまもあの看板はあるだろうか。

午後はたまりにたまった紙モノの個人情報を、ハサミで延々切り刻むだけの簡単なお仕事。地味に精神がやられる。たまらないので、おやつ。


ミルクコーヒー、2個100円のレモンケーキ。
荒んだ気持ちがほどけますね。ほどけたところで、作業再開。

晩は、朝の残りのとうもろこしパンを網で焼き、2枚おろしにしてバターを塗ったものとビールを準備して、ツール・ド・フランス第1ステージ観戦。初日から大雨で落車多発と大波乱。


30日(日)




納豆とだし、麦飯。
麦飯は昨日炊いたものの残り。




大根そば。
ひと夏にいちどは食べたくなるそば。鍋に湯を沸かして、細く切った大根を数秒茹でて取り出し、氷水にとる。鍋の湯でそばを茹で、水洗いして大根の氷水に入れて冷やしてから皿に盛り、つけつゆで食べる。わさびを添えるとうまい(切らしてた)。

ふと、おやつに中華まんをつくろうと思い立った(予想最高気温37℃)。汗をかきつつ生地をこね、芋置き場で発見した古さつまいもの皮をむいて蒸し煮して、砂糖を少し加えてつぶしておく。


おやつは準備した。それを心の支えに、今日も個人情報を切り刻む。

親指にハサミ擦れができるほど刻み、いい感じに病んできた頃合い。さて……と思ったが、思い立ったのが遅かった。生地が十分膨らんでいなかった。というわけで、おやつは茶のみ。このまま置いておけば夜には食べられるようにできるだろうが、芋まんじゅうなんて夜に食べるものではないという気がするので、生地のまま冷蔵庫に入れておいて、明日の朝食にしよう。




とうもろこしパンのギョニソサンド(完成直前)。
一昨日焼いたとうもろこしパンを温めてスリットを入れ(るにとどめようと思ったが、ぐいっと開いたら割れた)、バターを塗って魚肉ソーセージと玉ねぎを載せ、湯で薄めたタヒーニとトマトケチャップをかけ、乾燥コリアンダーリーフをふって挟んだ。食べているうちに中身が出ないように、パンを温めるときに使ったアルミホイルで包む。


31日(月)

昨日の中華まん生地を常温に戻し、ガス抜きして分割、しばらく休ませてから伸ばして餡を包み、ふかす。


鍋とかごでは三つしか蒸せないので、残りはオーブン(スチーム機能なし)でなんとかならないものかと、熱湯を張ったバットを入れて130℃で30分焼いてみた(温度と時間に根拠はない)。


両方食べます。


ふかしたほう。


うまー。


オーブンであれしたほう。


うまー。

低温とはいえオーブンで焼いたほうにはうっすら焼き色がついていたので、もうこれ芋あんぱんでいいいじゃんと思い、温度を上げてさらに焼いた。


明日も食べます。

2 件のコメント:

  1. 小菅先生のお答え、感動的な説明ですね。
    動物園の見方が変わります。学術と興行を両立させているんですね。
    動物は実は何かを発信しているというのも分かります。
    自分はよく犬や猫と目が合うのですが、残念ながら発信しているサインは理解してあげられないです。
    人類も言語を修得する前は歌でコミュニケーションを取っていたとか、いろんなことを思い出しました。

    万博は今の趣向ならやらない方がいいと自分も思います。
    (国家戦略なら首都でやればいいというのが自分の考え、地方でやるなら分権を意識した何かがないと意味がないように思います。)
    ロゴはどれもパッとしないので、あれが一番マシなようにも思います 笑。

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    1. れぽれろさん、コメントありがとうございます。

      コメントをいただいて、小菅先生のお話を読み返し、わたくしまた泣いておりました(笑)。子供のころに連れて行ってもらった動物園は、わたしにとって楽しいだけの場所だったんですが、種の保存に関わる研究を行う施設でもあるんですよね。
      人間のコミュニケーションに関しては、同じ日の「ネズミやイヌはどうして白目が見えにくいんですか」という質問の答も興味深かったです。逆に言えば、「なぜ人間の目は白目が目立つのか」ということで、ほとんどの動物は、人間に近い類人猿でさえも、ケンカをする時以外は目を合わせないけれども、人間は目でコミュニケーションをとるように進化してきたから、目を目立たせるようになったのではないか、というお話でした。(わたしもれぽれろさんと同じで犬や猫とよく目が合うんですが、彼らは人間とコミュニケーションをとるために目を合わせてくるんだと思います)

      万博のロゴは、あれが一番マシだなあと思いました(笑)。ほかがどうしようもなさすぎて……
      万博は「開催すること」以外に目的がないのではと思われるくらい意義がわからない(笑)。ほんとにやるんですか(笑)。(やるんやろなあ、決まっちゃったから)

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