2018-02-04

よいものを見てきました (前)鈴木春信編 ――冬の18きっぷ旅 2017-18 (2)

1月某日(祝)、雨。風邪をひいて帰省できなかったので残ってしまった18きっぷを握りしめ、勇んでウチを出たはいいが、なぜかその日が平日だと思い込んでいたわたしは休日ダイヤの地下鉄に乗り遅れてしまったのであった。乗換駅の改札を通ったら猛ダッシュ、JR駅への階段を駆け上がり、きっぷに日付印を押してもらってホームへ急いだが、乗ろうと思っていた電車の扉が閉まるのを見る羽目になった。ショック。まあね、今日行くのは、1本遅れたところでどうということはない場所なので、その件では特にがっかりはしなかったのだ。問題は、自分が「走れなくなってる」ことで……これ、かなり衝撃でしたよ。いつまでも若いころと同じようにはいかないとわかっていても、やっぱりね。

息を整えてホームの自販機で水を買い、次の電車に乗り込む。本日の目的地は名古屋。前回の下呂旅で、車内広告を見て行きたいと思っていた「ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信」が目当てなのだ。

電車読書は、なんだかんだで中断していたダグラス・アダムズ『ダーク・ジェントリー全体論的探偵事務所』をはじめから。前にも笑ったところで笑ったり、読み飛ばしていたところを見つけたりするのを楽しみながら、二度乗り換え、尾張一宮で下車して観光案内所へ……


なんだこれは。まあいい、一宮モーニングマップをもらってこよう。

しばし検討、これからのこともあるし、ここから目と鼻の先のお店に行こうではないか、ということで、駅ビルのカフェレストランへ。席に開いておいてあるメニューを見て、迷わず「釜炊きごはんセット」を注文。


これですよ。ドリンク代+138円、ホットコーヒーが400円なので、538円也。太っ腹だなあ。ちなみになぜ138円なのかというと、「1(イチ(ノ))3(ミ)8(ヤ)」だからなんだって!ごちそうさまでした!

食べたら再び電車に乗り、名古屋を通り越して金山へ。ボストン美術館は駅に隣接しているのだ。だが貧乏なわたしは、まず地下街のチケットショップを覗きにいった。そこに春信展のチケットはあるにはあったが、当日1,300円のチケットが1,250円って、あんまりおトク感ないよな、と思ってハッとした。そう、まさにわたしが今朝地下鉄に乗り遅れたおかげで思い出したのだ。今日は「ドニチエコきっぷ」が使えるということを。「ドニチエコきっぷ」とは、名古屋市交通局が発行している、土・日・祝日及び毎月8日に使用できる一日乗車券で、バス・地下鉄全線乗り放題の他にも特典があるおトクなカード。美術館なども割引料金で入館できるのだ。今朝のマヌケなわたしよありがとう。てことで、地下鉄金山駅できっぷを購入し、いざボストン美術館へ。


ドニチエコきっぷを提示してチケットを買う。日付が印字されていないが「これから使うんです」といったらちゃんと割引料金にしてくれた。おねえさんありがとう。おかげさまで1,100円で入館できました。

鈴木春信の浮世絵は、これだけまとまった数の展示はめったにない。まず残っている点数が約2,000点と少ないうえに、その8割以上が海外にあるからだ。名古屋での展示も何度か本家のボストン美術館に断られて、今回やっと実現したとのこと。あ、これはこの日行われていた学芸員さんによるレクチャーで知ったこと。このレクチャーは聞いてよかった。春信へのオマージュとみられる上村松園の美人画の話から始まり、錦絵の歴史や技法、後世の絵師がどれほど春信を尊敬していたかなど、幅広い内容で興味が尽きなかった。わたしは春信の描く女性の、後ろの部分がぴょんと跳ね上がったような形の髪型がずっと気になっていたのだけど、


これね。この部分は鶺鴒髱(せきれいたぼ)といって、当時流行の髪形だったなんてことも知ることができた。また今回の展示には、ボストン美術館のみが所蔵している、つまり世界に1点しか現存が確認されていない「見立玉虫 屋島の合戦」が来ているのだけど、それと対をなす「見立那須与一 屋島の合戦」(これは東京国立博物館ほかに数点あるそうだ)が借りられず悩んでいたところ、なんとオークションに出品されて個人の蒐集家が落札されたそうで、その方から借りることができ、並べて展示することが可能となった、なんて話は図録にも書いてなかったので聞けてよかった。それと、本筋とはまったく関係ないのだが、学芸員さんがうっかりいい間違え、おそらくご本人は気づいておられなかった「劣るとも勝らない」という言い回しがツボにはまって苦しかった。これ、褒めているていで貶す際に積極的に使っていきたい。

さてと、春信ですね。すっきりとした顔立ちに、小さくしなやかな手、姿勢や着物から醸し出される風情の魅力ときたらもうたまらんものがあるわけだけども、ただそれを楽しむだけでなく、描かれているのがなにかを考えるというのも絵を見る際の楽しみ方のひとつ。というわけで、「2章 絵を読む楽しみ」と題して「見立絵(みたてえ)」を集めた章を興味深く見た。「見立絵」は、古典物語や故事の場面をひそませて当世風俗を描いた絵。当然教養が要求されるので、わたしなどは解説頼みであったが、とても面白かった。

ところで見立絵は、その場面から、どの物語の誰が描かれているのかということがある程度わかるのだけど、さらにその人が誰であるかを示す記号が、着物の柄や背景などに盛り込まれている。


(「見立那須与一 屋島の合戦」 部分)

こんな感じで、「那須」与一に見立てられた人物の背後に「茄子」畑が描かれているとかね。それと同様のことが、当時の実在の美人を描く際にもなされているということを知ったのが、わたしとしては今回いちばんの収穫だった。春信の絵でいえば、鍵屋お仙という当時評判の娘(「5章 江戸の今を描く」と題された章で展示)は、必ず蔦の紋の小袖を着て、朱の鳥居、杉の木とともに描かれる(と、学芸員さんのレクチャーできいたのであった)。


(「鍵屋お仙と猫を抱く若衆」 部分)

むかしから不思議だったのが、同じ絵師の描く美人の顔はどれを見てもほぼ同じで、それが実在の人物の絵であってもそうだということ。本人に似せて描こうという考えはないのか、また本人と似ていなくても見る側は納得するのか、と。本人と似ているかどうかどころか、このお仙と若衆など両者の顔は見分けがつかない、というか同じじゃないか。それをいうなら那須与一だって同じだ。当然ほかの絵もそう。顔もそうだが体格にも差はないので、髪形と着衣、持ち物以外に男女を見分ける方法はないほどだ。手クセなのだろうか(ミもフタもないな)、それとも、美の基準にブレがないということだろうか。まあ後者なのだろうし、だからこそ「その人」を表す記号は必要になるわけだけれども。しかし「美人画」は「似顔絵」ではなく、「美人の概念」を実在の人物を依り代にして(?)描いたものだとすると、それがアイドルのブロマイド的に人気を博したことは、やっぱり少々不思議な気がする。

この展示の春信以外の作品では「エピローグ 春信を慕う」と題された終章の、やっぱり別格に凄いわと惚けたように見てしまった喜多川歌麿の二点と、斬新な画面構成に吃驚した北尾重政「昼夜十二ヶ月」が印象に残っている。ほかには「1章 絵暦交換会の流行と錦絵の誕生」の小松軒(小松屋百亀)の「大江山酒呑童子」「頼光一行と衣を洗う女」。酒呑童子や女たちの衣装、屋敷内の意匠の繊細さに見惚れてしまった。それはそれとして、キャプションに、酒呑童子は「大江山に住み、都で金品や美女を略奪した」とあったけれども、モノや美女はわかるが、金はなぜ奪ったのか。お買い物するのか酒呑童子は。欲しいものは買わなくても略奪すればいいのではないか、と思ってしまったのは内緒だ(いっちゃった)。

それにしても、色彩の美しさが際立った展示だった。さすがの保存状態のよさ。それなら印刷で見ても同じかというと、紙そのもののテクスチュアや、から刷りやきめ出しといった技法による立体感など、近寄っていろいろな方向から見ることでしか見えないものが実物にはあるのだ。これから大阪(あべのハルカス美術館 4月24日~6月24日)、福岡(福岡市博物館 7月7日~8月26日 予定)を巡回するので、見る機会がある方はぜひぜひ美術館でご覧になっていただきたいです。これほんと。

通路には、春信の絵のいくつかを塗り絵にしたのを来館者の皆さんが塗ったものが掲示されていた。これ、名古屋ボストン美術館名物らしい。塗った、といったけれど、まともに(?)塗られているものはほとんどなくて(当然だろうな)、独特の色彩感覚を発揮しているのとか、独自の柄を描き込んでるのとか、セリフをいわせてるのとか、輪郭線を無視して魔改造してるのとか、もうはちゃめちゃに面白かった。

そうそう、展示とぜんぜん関係ないことだけど、場内を大音量で鼻をずるずるすすって相当数の人に注目されていた小学生男子が、非常に落ち着きなくあっちこっちうろついてくしゃみを連発していたのが気になった。べつに「非常識な!」と怒っていたわけではなく、生物学的な興味がわいたのだ。あれはひょっとするとウィルスに操られていたのではないだろうか。ある種のウィルスに感染したヨトウムシなどの蛾の幼虫は、なぜかできるだけ高いところに登って死に(「自爆」するものもあるとかないとか)、そうしてウィルスをまき散らすのだが、あれはそういうことではないのか。まあそれはそれとして、マスクはつけないといかんぞ少年よ。

美術館を出たら、さすがに腹がへってきた。地下鉄で大須に出て、商店街をうろつき、目についた食堂に入ってきしめん定食を注文。ふと見ると、となりのテーブルは中国人女性のグループ。ラーメンセットを食べているが、どうなんだろう。日本食でなくていいんだろうか、と一瞬思ったけど、ラーメンはたぶん日本食カテゴリーでいいのだろうな。でも神戸の中華街なんか歩いてて、そこが中国人観光客でにぎわっているのは、なんとなく解せなかったりもする。

きました。


揚げたてコロッケがさくさくでおいしい。店内のテレビで、少し前に亡くなった星野仙一さんのミニ特集が始まったら、お店の人が厨房から出てきてじっと見入っておられた。やっぱり名古屋の人たちに愛されてたんだな。

食堂を出る。さて、どうしよう。雨が降っていなかったら、名古屋の人に教えてもらった古書カフェにでも寄っていきたいところだけど、今回はあんまり雨に濡れないで済むところで遊んで帰ろう、パルコにブックカフェがあるらしいし見ていくか、と地下鉄駅に向かう。

通りかかった大須観音ではとんど焼きをしていた。


あったかい。


かわいい。

地下鉄に乗ってパルコにやってきたが、目当てのブックカフェは新刊書店にカフェスペースがついてるていのやつで、これあんまり好きじゃないんだな。どーするかな、と思ったそのとき、エレベーター脇に置かれたチラシが目に留まった。ミュージアムでなにやら素晴らしそうな展示をしているではないか。

(続く)

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