中国人のOさんが職場を去るというので、お別れにくれたお菓子。
日本人も食べられるお菓子よー、と笑っていたけど、中国には日本人には食べられないお菓子でもあるのだろうか。「配料」を見ると、小麦粉と卵と糖分が使用されてて、油で揚げてあるのだろうということはわかる。
それにしても1個がでかい。重さを量ってみたら約40gということは、1個約200kcalだな。
夜、アホみたいな量のりんごをネットで予約注文した。届くのがたのしみ。
晩めしに、母が持ってきてくれたニギスの南蛮漬けを食べた。ウチの方ではニギスを「キス」と呼ぶので、これが天ぷらなどでよろこばれるキスとは別の魚だったとは知らなんだ。なんと「ギス」という魚もいて、これとも別の魚だそうで、なんとも魚界は難しいことになっているのだなと思ったことである。
2日(日)
ついカッとなってやった。後悔はしていない。
というわけで、前からフライパンの焦げが気になってはいたのだけど、今回昼飯をつくるのに使おうとしたら内側にサビが出てしまっていたため、ついカッとなり昼飯も食べずにやってしまった。焦げを焼き、サンドペーパーを使ってこすり落とし、洗浄した状態。これに強火で焼きを入れる。
全体が青く変わったら火を止めて冷ます。
再び火にかけ、野菜くずなどを炒めて油をなじませて、完成。すっきりしたけど、疲れた。
3日(月)
このところ、風呂に入るたびに不安になる量の毛が抜けているのだが、人間にも換毛期があるのだろうか。と呟いたところ、「秋は抜け毛の季節」と教えていただいた。よかったよかった、冬毛に生えかわるのだな、と喜んでいたら、「恐ろしいことに換毛にならない人もいるとか」ですってよ。ちょっとそれ抜けっぱなしってことですか。お願い嘘だといって。
4日(火)
バリントン・J.・ベイリー『カエアンの聖衣』(大森望 訳 ハヤカワ文庫)、ほぼ半分まで来た非常に面白い。そしてきいていたとおり、ほとんどまともな人が出てこない。例外は社会学者アマラの助手(?)のエストルーくらいか。これを読んでいる間、わたしの脳内ではなぜか手塚治虫マンガのキャラクターで再生されている。キャラクターもストーリーも、ちょっとマンガ的だからだろうか。
5日(水)
初っ
っさんまウォアアアアアアアッッ!!!
4尾買ったので、残りは有馬煮に。
6日(木)
『カエアンの聖衣』読了。バリントン・J.・ベイリーは頭おかしい(いい意味で)。よくもこれだけ奇想天外なことを思いつくもんだ。改造した生身の体で宇宙空間を行く「サイボーグ人」(日本人の子孫)と、同じく宇宙空間に適応するべく、生身の体は機械の体の臓器とみなす「スーツ人」(ロシア人の子孫)の日露戦争(?)とか。前に「まともな人がほとんど出てこない」と書いたけど、最後まで読むと、「うさんくさい自称実業家」リアルト・マストは非常にまともな人であった。社会学者たち(比較的まともなエストルーも含めて)が実験対象としてしか見ていない「スーツ人」アレクセイを人間として見てつきあい、その特異な可能性に気づいたマスト。その「たったひとりの友だち」の頼みをきいおかげでアレクセイは死ぬことになるのだけど、そのことにひどく衝撃を受けているのは彼だけだったからなあ。この小説で唯一人間味のある人、というかこの小説、人間味のある人がひとりしか出てこないというのがまたなんともいえないわけで。しかし、面白かった。
カエアンの聖衣〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF) バリントン・J・ベイリー 大森 望 早川書房 2016-03-24by G-Tools |
7日(金)
11日だと思っていた締め切りが13日であることが判明したので、安心して酒を飲む。
近所のスーパーが北海道フェアやってたので、サッポロクラシック買った。これ好きなんだな。
明日の弁当用に、なすのカレー作成。
うまいんだ。
8日(土)
本日で米が尽きた。あとは救援物資(妹家から送られてくる新米)が来るまでパンや麺でしのぐしかない。新米の季節でなければ買うのだけど。
9日(日)
米なし生活 DAY 1。
昼はにゅうめん。
天かすがあればたいていなんでもおいしくなるけど、天かすにちょびっと濃縮タイプの麺つゆをかけたのをごはんに混ぜ込んだおむすびや、斜め切りにしたねぎを麺つゆで煮て、天かす入れてたまごでとじた丼などのことを思うと、天かすはやはり米との相性が最高である。悩ましい。
火曜から本格的に外壁工事がはじまるのでベランダで洗濯物が干せなくなるのだけど、それよりもなによりも、まだ現役の琉球朝顔などのツル植物を撤去しなければならないことが痛い。午後、作業。多肉植物やシダのラックを移動させ、琉球朝顔とトケイソウのツルを切ってプランターをどかして、ツルもの用のネットを撤去。数年間据えっぱなしのトケイソウのプランターを動かしたら、ダンゴムシの大群がいっせいに散ってビビった。どこから来たんだろう。
ひとが米なし生活を生き延びようと決意した矢先、近所のスーパーでは、納豆や釜揚げしらすやしば漬けをはじめとする漬物など、ごはんのおともが特売だったりするので、いきなりやる気が失せるなど。悔しいのでスーパーカップ大盛りいか焼きそばを3個買った。フン。
10日(月)
先日、11日だと思っていた締め切りが実は13日だとわかった途端おおっぴらに飲酒してしまったのですが、その仕事はめずらしく本日余裕で完成いたしました。が、18日だと思い込んでいたほうの仕事の期限が、なんということでしょう、明日であることが判明いたしました。……詰んだな。とかいってないで、やります。
師匠・・・中指が痛いんじゃ・・・神経性疼痛かもしれん・・・助けて。
返信削除モルツは缶のデザイン変えたかな?なんか赤銅色になってない?
そしてプレミアムモルツがコンビニから姿を消してますのじゃ。
なか卯のローストビーフ丼と一緒に飲もうと思ったのに・・・プリン体増大。
あと( ゚д゚)ノ ハイ!質問!
小説でさ、歴史的に人称ってどんな感じで変わってきたのかな(特に英米)。
(ここから独り言)(フランスとかロシアって個にこだわってる感じするけど、英米の小説って個が世界に埋没してるっていうかさうまく言えないけどデカルト的コギトにこだわらない感じ?ドゥルーズってフランス人だけど、ガタリと共著を書いたことでフランス的なコギトから抜け出したのかなとか思った)(独り言終わり)
オースティンの自由間接話法ってやつは描写に人称を埋没させたってことなのかな。見当違いだったらまた今度メールかDMさせておくれよ。
仕事頑張ってくれよな!生きてくことが1番大事だよな!もう詰んでたらゴメン!!
神経性疼痛って、めっちゃ痛いんじゃないの!?大丈夫?(助けようがないのでオロオロしている)
削除プリン体増やしてる場合じゃないよ!!
ご、ご質問いただきました(どうしよう)……ヨーロッパの場合、三人称小説(すごい大雑把にくくってます)はほら、近代小説の祖たる『ドン・キホーテ・デ・ラマンチャ』が17世紀なんで、それでいいのかな。で、一人称小説が確立したのが書簡体小説が流行ってた18世紀ってことにしていいのかな。いいかげんでごめん。まあ、ドン・キホーテは措くとして、「18世紀の一人称→19世紀の三人称(多元視点)」という流れのほうが重要かも。どうでもいいけど、ともすけ先生のほうが詳しいんじゃないの?
「自由間接話法」……ワシら英語組が「描出話法("representative speech")」というアレと同じと考えていいのじゃろうか……とりあえず同じと考えまして、描写に人称を埋没というのか、三人称の描写において主体の発話、もしくは意識を埋没ってことですよね。だから時制というものがない(というと語弊があるかな?要するに、ひとつの文の中にいろいろな時間を混在させることで意味を伝達する言語である、といえばいいのかな?ちょっとワシもようわからん。スマン)日本語に移しかえるのは不可能(というかワシにはできない)。カギカッコなしの発話みたいになってしまうよね……なんか質問に答えきれないな。ゴメンよ。またこんど、ない頭ぎゅうぎゅう絞るわ。
そうそう、仕事は締め切り守れたよ!ありがとう!
日によって痛みが違うんじゃ・・・めっちゃ痛いよ~でもモルツ飲んだよ♡
削除「自由間接話法」・・・そんな深いものじゃったんか・・・私雨ブロや読メで気安く使ってしまいました・・・一時封印します。なるほど、時制の問題も絡んでくるのか・・・恐ろしいな・・・じゃあもしかして現在出ているオースティンの訳なんかも十分とは言えないということですかな・・・不可能なんだものな・・・自由間接話法(描出話法)=主体を地の文に混在させる=人間の発話、意識も人間以外の描写と同等に扱う、ことに効果がみたいに思ってましたがそんなもんじゃねえのか!!それがどんな効果あるのかもいまいちわかってないんだYo!!
今度!今度詳しく教えて!師匠!お願い!!<(_ _)>!!<(_ _)>
締め切り間に合ってよかった!
すまぬ先生、頭からケムリ出してる間に、すっかり放置してしまっておりました。
削除訳が十分とはいえないというか、日本語にないもんじゃから、基本無理なんじゃ……(と、ワシ思うの)(ただし、ワシのような才能ナシがそう思っとるだけで、できるヒトもいらっしゃるかも知れぬよ)
詳しく教えることも難しいんじゃ(才能ないから……)
すまないねー。もうちょっと考えるわ。
師匠!ケムリってことは師匠は蒸気機関人間になっちまったってことか!?
削除シューシューって…どうしちまったんだ、機械の体手に入れたのはいいけどちょっと旧式だったな。
日本語にないからできない!明解だがそれではおいらはどうやって理解すればよいんじゃ…(泣)
是非もうちょっと考えてくだされ。もうあたしには師匠しかいないの…これ以上一人でいるのには耐えられないから…(めぞん一刻風)。でも究極的には原文で読んでみろってことになりそうだな…。
オースティンの『高慢と偏見』だと英語だし訳もたくさん出てるからさ、原文のこの場所、描出話法!とか言ってくれたら自分でも考えられるのでありがたいんだけどなんかないかな?訳があるなら何でもいいんだけど。なんか見つかったときによかったら教えてください!お願いします。
うーん……と思って調べてみたら、ちょっとあなた、いいのがありましたぜ。平中悠一せんせいの「自由間接話法とは何か?」
削除http://yuichihiranaka.com/objet/archives/1409
つーことで、この記事とパトリック・モディアノ『失われた時のカフェで』を読んでみられては?
あなた!いいの見つけてくれたわね!
削除スマホで読んでて凝視しすぎて目ん玉溢れちゃったわ…。こ、これが自由間接話法の真の力だったのか…家に帰ったらとりあえずプリントアウトして神棚に飾ろうと思う。
コンテクストから切り取らないとわからないわけがわかったよ。なんじゃろ、英語圏の人がどう感じるかはわからぬが日本語使いのあっしにとっては英文を読んだときにガクン!!ときたよ。この効果は凄い!凄まじいよ。これはあっしと師匠だけの秘密にしておいてくだせえ…世間の者に聞かれては大変な騒ぎになりやす…。
もうね、『失われた時のカフェで』の本、日本語と英語両方ワンクリックしちゃった!今、目がおかしくなってるからこれ以上スマホ見れないけど、ありがとうございます。本当にいいもの見つけてくれて…涙
スマホで打つの初めてだからこのコメント長いか短いかもわからないの。なんか変なこと書いてたらごめんなさいね。目が!!目が壊れる!!読んだらまた来るわ!それではまた!
師匠、ショック!
削除リンクのサイト、プリントアウトできない設定になってる…門外不出のページだったのね…。
しょうがないから目玉を回収してから読むわ…。
せんせい、書き写すのよ! オノレの手を通して血肉にするのよ!
削除