昨日、下ろした日よけの外にハトの気配を感じていたのだが、今朝ウーウー鳴く声に気づいて窓から覗いたら、案の定ハト夫妻が手すりにとまっていた。窓をがらっと開けたらハト妻はサッと飛び立っていったが、ハト夫はニガウリのために張ってあるネットにひっかかってしばらくジタバタしていた。こんな罠のある場所に巣を作ろうとするんじゃありませんよ(罠にしたつもりはないが)。
7日から咲いているサボ子の花。
ハナキリンも活動を始めた。
朝
寿司は昨日の残り。
昼
昨日つくった酢飯に炒りたまごと焙ってちぎった海苔を乗せ、昨夜ヅケにしておいた刺身の切り落とし、茹でて刻んだベランダ産セリを乗せた。
ひとりで生活していると、人と話すことがほぼなくて気づかなかったけど、エレベーターで一緒になった人に「何階ですか」と声をかけて、7日の電話のときほどではないけど、まだ声がちゃんと出せないことがわかった。長引いてるな。
夜間の仕事の前に茹でたまごひとつ、終了後に市販のコーンスープ。
12日(火)
朝
くるみパンの素トースト、ミルクティー。
昼前に出かけ、みふき亭 へ。
きぬかけ丼(660円)。
きょうは天とじ丼を頼んだのだけど、天ぷらが切れているとのことで、いつものやつ。
京都市京セラ美術館へ、と思ったら、岡崎公園でなにかやっていたので見に行く。「平安楽市」だった。初めて来た。帰りに菓子でも買っていくことにして、美術館に戻り、アーネスト・コールの展示を見る。
ベタといえばベタな設えなんだけど、それでもドキっとする。「NON-WHITES」の方から入る。
展示スペースは金網で仕切られていた。
テーマごとに分けられたブースには数字がふられ、通路を挟んで対称に設置されており、拘置所を想起させるつくりになっている。色といえばわずかに写真を止めている板材と、コンタクトプリントにつけられたチェック印のみ。
コールの写真はすべて南アフリカの日常をとらえた写真なのだけど、その「日常」が、やはり異様なのだった。アパルトヘイトが日常であるということは。暴力が日常であるということは。医師を目指していたコールが高校2年で学校をやめ、働きながら通信教育で学んだのは、黒人の学校教育の水準が意図的に引き下げられたから。黒人に対して単純労働に必要なだけの教育を施し、低賃金労働者として育成するために導入されたバントゥー教育法のためだ。とにかく黒人に対する教育が蔑ろにされていた。教師1人で100人以上の生徒を教えることなどざらにあり、生徒700人に対し教師が3人という学校もあったという。コールのカメラがとらえた、疲れ切った教師、くたびれた子供たちの表情が忘れられない。
場内で上映されていた映像(ルーネ・ハスナー制作「社会武器としての写真――ルイス・ハインとアーネスト・コール」からの抜粋)で、コールは自分の本 The House of Bondage がなんの役に立つかはわからない、しかし子供たちのために役立つだろうと語っていた。
不平等や格差を当然のものと受け入れないでいるためには、教育が必要なのだと(裏を返せば、不平等や格差を当然のものとして受け入れさせるには、教育を制限すればいいのだと)いう……もうなんというか某我が国の問題と地続きじゃないかよ、と思わざるを得ず。
余談だが、最初の入り口、「WHITES」の方から入ったらどうなるの?と思って、ひととおり見たあと、そこから入ってみた。同じところに出た。当たり前だな。
京都市美術館の昔のままの内装が残されているところ。
美術館を出て、地下鉄でK馬口へ。K茂川まで行き、川に沿って南下。
川べりに生えてるの、あれたぶんクコだな(近づけないところなのでしかたない)。
トベラが花盛り。
よい匂い。
やっぱりあれはクコだな。
わかったところで近づけないのだが。
センダン。
大きな木だった。
下りながら花を愛で、川べりに降りられるところでノビルの花茎とミントを採った。M太町あたりで引き上げようとして、アオビユ(野生のアマランサス)を見つけた……と思ったが、伸び始めたばかりのイノコヅチだった(たぶんヒカゲイノコヅチ)。これもまたヒユ科の食べられる草なので採る。アオビユもイヌビユも道端にはよく生えているんだけど、食材として採ってよさそうなところではなぜか見かけない。
電車に乗り帰宅。そういえば平安楽市の菓子を買い忘れた。
晩はキムチ豆腐をアテにノンアルコールビール。
13日(水)
朝
昨日K茂川でクコが採れなかったので、散歩がてら近所の川で採ることにした。道中セリ、アキノノゲシを摘む。
ナワシロイチゴ。
ハクチョウソウ。
近くに生えていたイノコヅチ(たぶんヒナタイノコヅチ)。
ちなみに「夏の七草」はアカザ、イノコヅチ、ヒユ、スベリヒユ、シロツメクサ、ヒメジョオン、ツユクサだそうな。まあ、どれもわりとどんなところでも旺盛に生えてくるやつなので……
雷が鳴りだしたので、急いで帰る。
昨日&今日の収穫:
ノビルの花茎、セリ、アキノノゲシ、ミント、イノコヅチ、ノビルのむかご、クコ。
昼
ノビルの花茎のにんにく炒め、イノコヅチのごま和え、ノビルのむかごの酢味噌がけ、セリのえごま油和え、クコ飯、アキノノゲシの味噌汁。
ノビルの花茎は細いにんにくの芽。シャキシャキして甘みがある。これはもう野菜でいいと思う。イノコヅチ(ヒユ科)はちょっとゴワッとしたほうれんそう(ヒユ科)。少々毛が生えているので天ぷらかごま和えにするのがいい。ノビルのむかごは茹でるとねぎの香りとホクホク感があってうまい。生を天ぷらにしてもよい。クコ(ナス科)の葉は苦み強めの唐辛子(ナス科)の葉。佃煮にするのが好き。アキノノゲシ(キク科アキノノゲシ属)は何度も言うけどほぼレタス(キク科アキノノゲシ属)。ちょっと硬めだけど。苦みがあるので味噌や油と相性がいい。セリは野菜。まちがいない。
晩は昼の残りのノビルの花茎をアテにノンアルコールビール。
14日(木)
7日から咲いているサボ子の花は、昨日が最終日だった。ずいぶん長く咲いてくれた。
念のためもう少しこのままにしておく。
朝
くるみパンのオレンジマーマレードトースト、ミルクティー。
ベランダ産ニラを収穫。
昼
ニラは収穫したものを半分使った。ちょっと硬いかもと思っていたけど、そんなことはなかった。うまし。
一昨日採った鴨川ハッカをお茶に。
はあ涼しい。
晩は梅粥。
15日(金)
朝
昼
ツナとありあわせ野菜のラーメン。
日曜の寿司に使った残りを冷凍しておいたツナ、キャベツ、にんじん、長ねぎ、もやしを炒め、湯を注いで沸いたらサッポロ一番みそラーメンの麵を加えて煮て、えのきたけとベランダ産ニラを加えてさっと煮て、付属のスープを加えてできあがり。茹でたまごをトッピング。
晩はキャベツ・豆腐・ベランダ産ニラの味噌煮をアテに、ノンアルコールビール。
16日(土)
朝
野菜スープ、バゲット。
スープはセロリ、玉ねぎ、にんじん、キャベツを煮込んだもの。
朝のうちに外出。今年の KYOTOGRAPHIE は明日で終了。こないだ見たアーネスト・コールのほかにもうひとり、2025年、イスラエル軍の空爆で命を奪われた "the eye of Gaza"、ファトマ・ハッスーナの遺したものは見ておきたかったのだった。どうせ出るのなら、と午前のうちにピーター・ヒューゴと森山大道も見る。
森山、ウォーホルやりたかったのか(ちょっとおもろかった)。
お昼はいつもの みふき亭 にて。スマホが画像の保存に失敗してくれたので写真はないが、いつものきぬかけ丼を食べた。
午後は八竹庵に移動、ファトマ・ハッスーナ「The eye of Gaza」を見る。彼女の写真のスライド及び彼女と映画監督セピデ・ファルシのビデオ通話の録画の展示(写真は撮っていない)。ビデオ通話の方は、1台のスマホを使って上映されていた。見ている間、以前読んだスヴェン・リンドクヴィスト『「すべての野蛮人を根絶やしにせよ」 『闇の奥』とヨーロッパの大量虐殺』(ヘレンハルメ美穂 訳 青土社)の中の言葉、「あなたは知っている。私も知っている。欠けているのは知識ではない。」という言葉が頭の中で響いていた。世界はただ見ているだけだ。そしていまここで、この展示を見ているわたしも同じだ。リンドクヴィストの本の文脈からは離れるが、わたしたちに欠けているのは、やはり勇気なのだろう。
図書館に寄って少し本を読み、3冊借りて帰宅。
晩は朝つくった野菜スープ。
17日(日)
朝
いい季節なので、ベランダで。すぐ暑くなってしまうのだろうな。
バゲットのフレンチトーストメイプルシロップがけ、コーヒー。
昼
大根センチェ、もやし辛子和え、小松菜ごま和え、豆腐と野菜のチゲ、麦飯。
チゲには豆腐、玉ねぎ、大根、にんじん、ズッキーニ、長ねぎ、ベランダ産ニラ入り。
晩は昨日の野菜スープ。
18日(月)
朝
食べたら寝転がって、昨日借りてきたグレアム・スウィフト 著 / 真野泰 訳『マザリング・サンデー』(新潮クレストブック)を読む。昼に近くなると、暑くなってきた。夏か。子供のころは夏が楽しみだったのに、いまは憂鬱だ。いまのところ、空気が乾燥しているぶん過ごしやすいとはいえ。
昼
夜間の仕事前にインスタントラーメン(中華三昧 醤油)、終了後は
19日(火)
朝
しばらく現場仕事がないので、今日も午前中は寝転がって読書。
昼
カレーは残った野菜スープと昨夜の湯豆腐の残り汁を足してお揚げを煮て、市販のルーで仕上げた。飯は麦飯。
晩もカレーライス。
20日(水)
朝
半割りにした全粒粉イングリッシュマフィンに残りカレーとシュレッドチーズを乗せて焼いた。舌と上あごをやけどした。
昼
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