2016-05-10

日々雑記 2016 May #1

1日(日)

本日快晴、気温も暑くなく寒くなくちょうどいいのだから戸外を楽しめばいいものを、春の古書大即売会が本日初日。会期中の休日は今日だけなので、行ってきた。

本日のおこづかいは5,000円。まずはめぼしいものをチェックしながら全ブースを見てまわろう、と見はじめた最初のブースで講談社学術文庫の「西洋中世奇譚集成」シリーズ5冊3,000円を見てしまう。これ買っちゃったら予算の60%がなくなってしまうではないか。きゃ、却下……だな、うん……

筆記用具を持っていくのを忘れたので、どのへんになにがあったかをアタマに刻みつけながら見てまわること2時間にして、やっと半分。すごい量だ。4時間かけて、どうにかこうにか全体を見終え、チェックした本を回収していく作業に入る。木村泰司『名画の言い分』450円、W. G. ゼーバルト『土星の環』の英訳400円、姪っ子たち用の絵本、「トマトさん」700円は売れてしまっていたけど、ほかに目をつけていた「しんせつなともだち」350円、しずかでにぎやかなほん」550円、「ぼくじょうのくまさん」500円は残っていた。「トマトさん」の700円が浮いたということは、ウニカ・チュルン『ジャスミンおとこ』2,000円買ってよし。これで4,250円、税込み4,590円、よっしゃ予算内!素晴らしい!

買った本、自分用。


なにも、なにもおっしゃいますな。みごと予算内におさめることに成功した、自分へのご、ご褒美?ってやつ?

姪たち用。


「しんせつなともだち」はひょっとしたら以前に貢いでいたかもしれないが、まあそれならそれで、だれかおともだちにあげてくれたらいいか。よい絵本だから。

しかし、会場内で聞こえてきた買いすぎを諌める声に吹いた。「考えて?自分の座る場所が狭まなんねんで?」……しかと心に刻みましょう。


 4日(水)

最近、毎日のように足を踏まれている。

一昨日: 電車から降りた途端、後ろの人に靴のかかとを踏まれて靴脱げる。
昨日: 電車に乗り込んだら、前の人が突然方向転換して左足を踏まれる。
本日: スーパーのレジ待ちの列に並んでいたら、列を離脱しようとしたおばちゃんに右足を踏まれ、さらにカートで轢かれる。

 ……明日は何が?(怖い)


5日(木)

とくになにも踏まれたり轢かれたりしませんでした。


7日(土)

先月末に仕込んだぶどう酵母液が発泡しはじめた。


もうダメかと思っていたけど、ヘンなニオイもしないので、一日様子見ようと思っていたところだった。よかった。


8日(日)

朝。うっすいパンケーキにレモン汁と砂糖かけてくるくる巻きにしたの。


レモン汁は瓶詰めの。これをぶどう酵母で発酵させた生地でつくりたいわけであって、決して密造酒をつくろうとしているのではないことをご承知おきくださいませ(いえばいうほど怪しさが増すのはどういうわけだろうか)。

昼めしはギョニソナポリターン!


むやみに元気なのは、これ食べたら、部屋を片づける事業に着手するので、無理にでも気持ちを盛り上げていきたいからだ。突然片づけをはじめようという気になったのは、先日仕事に必要な資料が家を出る直前まで見つからないという、あわや大惨事という事件が起こったからである。本気でこれはいかんと思ったのである。やるぞ。しかし、まあコーヒーでも飲んでから。


ということで豆を煎るところからはじめているわけだが、断じて逃げてない。断じて。飲んだら片づける。当然である。


うん、スッキリ片づきましたね。食器棚が。待ってください、違うんです、逃げてないです。外堀から埋めるタイプなんです。外堀しか埋めないくせにって今だれかいいましたか?それともひょっとして己の心の声が口から漏れたのですか?それですか。それですね。このあとベランダに出て農作業にいそしみましたからね。


棒にしたアボカドに芽が出てましたよ。よかったよかった。片づけなんてね、明日やればいいんですよ。今日は台所と食器棚がものすごくきれいになった、それを寿ごうではありませんか。

夜はきゅうりそば(写真はありません。ゆでて冷水でしめたそばに、鬼おろしで粗くおろしたきゅうりをのせ、麺つゆをかけてかき混ぜて食べるの)。今日米食べてないな。


9日(月)

仕事が終わってから本丸を攻める(訳: 居間を片づける) 。片づくわけがない。まあ多少進みはしたのでよしとする。


10日(火)

昼休み、なんでかわからんが、ふと「走馬灯」という言葉が浮かんだ。死ぬ間際に「人生の出来事が走馬灯のように去来する」 とかなんとかいうアレである。しかしその「走馬灯」というもの自体がよくわからない。「走る馬の灯」である。「去来する」のである。よぎったり、駆け巡っ たり、くるくる回ったりするのである。ということは馬が走っているかのように眼前をよぎる灯なのであろう。ことによるとくるくる回っているのかもしれない。馬が。いや、なんなのだそれは。そんなものを実際見たことのある人はいるのだろうか。そう思いはじめると、もう気になって気になって走馬灯がゲシュタルト崩壊するほど走馬灯のことを考えた。それはそれは仕事が手につかないのだがしかたがない。なんせことは走馬灯である。帰りの電車の中でもつい走馬灯のことを考えてしまい、ただでさえ電車内では頭に入らないジュリアン・グラック『アルゴールの城にて』が1ページも進まなかった。帰宅して、はやるこころをおさえつつ、パソ子に電源を入れ、ググってみた。答えはこれだ。


あっ、はい……お盆の仏壇前にあるアレですね。そうですか。

走馬灯がなんだかわからなかったときは、帰ったら「走馬灯を(死ぬ間際に見るというアレではなく)実際に見たことが 1.ある 2.ない」でアンケートとってみたりしようかなー、なんて考えてワクワクしていたのに……ああ、知ってしまった今となっては、盆提灯がなんだか色あせて見えらあ。いや、ないですけどね、ウチに、盆提灯。

明日の仕事の準備をしないといけないのだけど、めちゃくちゃ眠くて今やっても効率が悪そう。明日早く起きてやることにして、21時過ぎに寝るとしよう。おやすみなさい。

2 件のコメント:

  1. 走馬灯といわれても知らない人には分からないですよね。
    現代的に代替できるものがあるかというと・・・ビデオの早送り?
    でも早送りは個々の映像がキュルキュル展開していくので、走馬灯のようなぼんやりと個々の映像が判別できるイメージとは違いますよね。
    走馬灯のように去来するって、他に替えがたい深い言い回しなんですね(´∀`)

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    1. omojiさん、コメントありがとうございます。

      えっ、omojiさん、走馬灯がどんなだか知ってらしたのですか!さすがデキる男は違うな……ていうかわたしがものを知らなすぎるだけですね。回る灯だと思ってはいましたが、馬の絵が、こう、くるくる回るものだと思ってました。馬限定。走馬灯で画像検索して腰抜かしましたよ。お盆のアレじゃん、マジで?って。

      >走馬灯のように去来するって、他に替えがたい深い言い回しなんですね(´∀`)

      ええそうですとも。そして使っている人の何割かは、きっと走馬灯がなにか知らないで使ってるんですよ(まだいうか)

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